84 執事とドライブ計画
大広間。
悠斗は壁際にある椅子に腰掛け、パソコン作業を行っていた。
「ダーリン、一応足見せてぇ。怪我してないか心配だし」
「ありがとうございます。ですが、朱莉様がわざわざなさるようなことでは」
「心配だから。……だめ?」
上目遣いで覗き込んでくる朱莉の表情に、断ることなどできるはずもない。悠斗が「分かりました」と苦笑交じりに右足を少し差し出すと、朱莉は屈み込みズボンの裾をそっと捲り上げてくれた。扉を蹴破った際に痛めたのだろう、あてがわれたガーゼが傷口にほんのりと滲みる。
「でもびっくりしたぁ。朝から騒がしいと思ったらぁ、ねぇ?」
「まったくです……」
息を吐き出しながら、二人は自然と室内の会話へと視線を向けた。
そこには、月若・日ノ内の両親子から容赦ない雷を落とされ小さくなっている、華凛と大和の姿があった。それをハラハラとした様子で見守る水船家の当主と、どこか呆れ顔で面白がりながら茶化している暁と雲川。
各家のトップが集い、混沌を極めているその光景に悠斗の口元からも自然と笑みがこぼれていた。
「あれは仕方ないことです。今回かけた迷惑は他家も巻き込んでいますから。月若の面子がたちません」
「なんか大和が怒られているの新鮮やなあ。堅物の真面目くんが」
「お嬢様に流されてしまう一面がありますからね。今後心配ですね」
過去に月若と日ノ内との関係について、上の代からの反対意見があった。その理由が「月若の汚嬢様とうちの坊ちゃまが付き合うなんて教育によくない」というもの。それも老人たちの杞憂と当主たちに一蹴されたが、悪い意味でそれが当たってしまった。
「ダーリンこの後の予定は?」
「昼食後は改めて四家の使用人の皆様に謝罪を。その後は幹也様とジムに行く約束をしております」
「あーね。うーん……ならうちも、そのジム一緒に行っていい?」
「私はいいですが……幹也様に許可を」
二人は今度は少し離れた位置に並んでいる幹也と瑠衣へ視線を向けた。
「幹也くんーうちもジム一緒に行っていい?」
「……まぁ、いいけど」
「さんきゅー。ってかなんでうちらからそんな離れてんの?」
朱莉からの身も蓋もない突っ込みに、幹也と瑠衣の体がぴくりと固まった。幹也はあからさまに視線を逸らして頭の後ろを掻いた。
「いやぁ……星原が怖いなぁなんて思ったり、思わなかったりー」
「私もまぁ……そのぉ。普段優しい人が本気で怒るとあんなにも怖いんだって」
二人の言い分を聞いて、悠斗は思い当たる節に薄く苦笑を浮かべた。彼らが言っているのは今朝の華凛にした説教のことだろう。
悠斗としてもあの説教は、使用人として主が迷惑をかけたという小言よりも、幼馴染が身勝手な振る舞いで多くの大人にかけた迷惑についてのもの。
どうやらそれは二人に相当な衝撃を与えていたらしい。
「そうですかね? 私なんかよりもあちらの方が怖いかと」
「いやぁーわかるよ。悠斗の怒り方って淡々と事実を並べてくる感じだから」
朱莉が同意しながら立ち上がると、いつの間にか幹也と瑠衣の二人もこちらへやってきていた。
「星原の怒り方って『失望感』が乗ってんだよね。この説教の後、もう話してもらえないんだろうな感がさ」
「いやぁ、分かるわぁー。うちもそれで泣いてるし」
瑠衣がまだ少し腰が引けた様子で小さく頷く。いざ第三者視から自分の普段の行いや説教の様子を指摘されると、流石に恥ずかしさが込み上げてくる。悠斗は照れくささを覆い隠すように、強引に話題を切り替えた。
「そ、そういえば! 幹也様のご要望のお車を三台、バイクを一台手配いたしました! 明日の早朝には屋敷に到着するそうです」
「お、マジ!? なら明日ドライブでも行ってくるかなぁ」
関ケ原のお屋敷に子どもたちをずっと閉じ込めておくのも息苦しさを感じさせる。そのためのレクリエーションとして、幹也は車とバイクの手配を希望していた。早朝の騒ぎにそれの手配完了の連絡が届いていた。
「承知いたしました。そのように当主様方にもご報告いたします」
「お前も来る? だって明日は仕事ないだろ?」
「この感じだと、おそらくそうなりますね」
いつもの流れであれば、華凛と大和には数日間の外出禁止令と、計画していたデートの中止という罰が下るはずだ。この展開であれば、悠斗もこの期間は華凛の専属執事としての業務から解放されることになる。
「朱莉は?」
「うちも暇かなぁ? 雅ちゃんたちと遊ぼうと思ってたくらい」
「富士見の予定は?」
「私は今回の件で、各家への謝罪の品を買いに行くよう命じられております」
「お、ならちょうどいいじゃん! みんなでどっか行こうぜ」
喜ばしい話ではあるものの、悠斗としては素直に手放しでは喜べない複雑な心境だった。確かに羽を伸ばせるのは良い話なのだが、親の手を離れた若者たちだけで万が一トラブルを起こそうものなら、今朝目の前で繰り広げられたものなど比べ物にならないほど恐ろしい当主たちのお説教が待っている。
「聞いちゃったわ話」
四人以外の声が、いつの間にか会話に割り込んできた。軽快な響きではあったがその声を認識した瞬間、悠斗は背筋を伸ばして一気に立ち上がった。
「奥様、何かご用でしょうか」
「あっちの説教も飽きちゃってね。楽しそうなお出かけの話が聞こえてきたから。ね、二人とも?」
そこには雅と敬介の姿もあり、楽しそうに朱莉へと手を振っている。雲川家の奥様は、一切の気配を消してここまで近づいてきていたようだった。
「幹也くん、もしよければこの子たちも連れて行ってもらえないかしら?」
「いいけど、雲川家的に大丈夫?」
「まぁ、彼がいるし」
奥様が、悪戯っぽく微笑みながら悠斗へと視線を向けた。他の人たちも確かにと言った感じで悠斗を見つめている。
「……承知いたしました。皆様の安全は、この星原悠斗が責任を持ってお守りいたします」
「じゃあお願いね、けいくん、みやちゃん。明日はお兄ちゃん、お姉ちゃんたちの言うこと聞くのよ?」
「はーい!」
「ぼく、おっきい車に乗りたい!」
雅と敬介が声を揃えて元気よく返事をし、朱莉の元へと駆け寄っていく。
「これいつもより大変じゃないですか?」
瑠衣はいつの間にか悠斗に近づいてきて、小声で囁いてくる。それは薄々気づいていたが言葉に出さなかった。悠斗は膝の上のパソコンを開き直し、明日の安全ルートと謝罪品の手配リストの作成を急いで始めた。




