81 執事と雲川家
主たちの挨拶も無事終わり、悠斗は屋敷を探索していた。
過去に数回この関ケ原で会議はあったがそれに同行はしていない。事前に図面を叩き込んではいたが、こうやって屋敷を回ると華々しいイメージとは正反対なもの。使用されている窓ガラスも防弾性能が備わった特殊なガラス、廊下には緊急事態宅の武具の数々で物々しい雰囲気だ。
「あ! ゆーと!」
「ゆーとお兄ちゃん」
後ろから聞こえてきたのは、こちらを指さす高く澄んだ声だった。
振り向くと悠斗に向かって走ってくる二つの影と、それらを静かに見守るメイド服の老婆の姿があった。
「はしたないですよ。お二人は雲川財閥のご子息、ご令嬢なのですから」
「ゆーとならいいもん!」
腰のあたりに飛びついてくる二人に目線を合わせるよう、悠斗もその場に屈み込み改めて幼い二人の顔を見つめた。
彼らは月若、日ノ内、水船、暁と並ぶ五大財閥――雲川財閥の跡継ぎたち。
綺麗な銀髪がトレードマークの二人は、幼稚園の年長。変身ヒーローのおもちゃを握りしめた双子の兄の敬介と、漢字ドリルを大事そうに抱える妹の雅。この二人は昔から、なぜか悠斗に懐いていた。
「改めましてお久しぶりです。月若のお屋敷に遊びにきた日以来ですね」
「この後遊ぼー! けいくんあの高くに投げられる奴やりたい!」
「申し訳ございません。私も午後からは業務が」
「ゆーとのお仕事は今日ないって。パパたちが言ってたよ」
そう言う敬介の隣から手が伸びてくる。そこには妹の雅が漢字ドリルの間からなにかが書かれた手紙を渡された。
「これは?」
「パパたちのお部屋に行ったら、華凛お姉ちゃんのパパからこう書いててって言われて雅が書いたやつ」
「あ、はい」
後ろに控えるメイドと一度顔を見合わせ手紙を開くと、クレヨンでデカデカと「めいれい」と書かれた文字が目に飛び込んでくる。
内容を要約すると『ここにいる間、悠斗と瑠衣は五家の子供たちの専属執事として過ごすこと。日常業務からは外し、二人で子供たちの面倒を見よ』との通達だった。
「星原様、補足で説明させていただきます」
控えていた老メイドが静かに一歩前へ踏み出し続けて言った。
「星原様と富士見様には明日から、最終日までこの業務に従事していただきます。そこには色々と条件がございます」
「承知いたしました。……雅様、敬介様少々お待ちください」
敬介と雅の頭を優しく撫でてから立ち上がり、悠斗は姿勢を正して老メイドに向き直った。
「お二人には特別業務を行っていただきます。今回の対象は月若華凛様、日ノ内大和様、水船朱莉様、暁幹也様、そしてこちらの雲川家のお二人です」
「やはり、他のお二人は来られないのですね」
「はい。暁波瑠様はアメリカへ留学中のため。水船真衣子様は全国ツアー中のためでございます」
「かしこまりました。それでは今晩、各家にヒアリングのため会議を設けます。その許可取りや周知のほど、よろしくお願いいたします」
「分かりました。では、お二人のお世話をよろしくお願いいたします」
老メイドが深々と頭を下げてその場を辞すと、悠斗は再び屈み込んで二人の目線に合わせた。
「敬介様、雅様。お待たせいたしました」
「わーい! ゆーとお仕事終わった!?」
「けいくん、ゆーとお兄ちゃんはこれから雅たちのお世話をしてくれるんだよ」
無邪気に喜ぶ敬介と、少しだけ誇らしげにする雅。二人の無垢な笑顔を見つめながら、悠斗は胸の中で現状を整理していた。普段との華凛の専属執事であるため業務内容自体に不満もない。唯一の不安がこのタイプの違うメンツをどう扱うか。
六者六葉、やはり日本の頂点に君臨する家柄もあり癖が強いのも事実だ。
「ゆーと? どうしたの?」
考え込んでいた悠斗の顔を、雅が不思議そうに覗き込んでくる。
「いえ、なんでもありませんよ。……では、お昼までなにかいたしますか。したいことはありますか?」
「戦いごっこ! あとサッカー!」
「お絵描き。あとブーンってするやつ」
「わかりました。それでは、準備するのでお部屋までついてきていただいてもよろしいですか?」
二人はこくりと頷くと前と後ろで挟むようにして悠斗に抱き着いた。悠斗は落ちないよう左右の両手で器用に二人を補助し、四十キロを持ち上げ部屋に向かった。
「遅くなってしまい申し訳ございません。日ノ内家使用人の富士見瑠衣です」
「お疲れ様ぁー長旅やってんねぇ、ほらゆっくりしよ」
「朱莉様もお疲れ様です。……それよりこれは」
屋敷の玄関扉が開けられていることに気づくこともなく悠斗は全速力で走っていた。肩にはヘルメットをかぶった敬介を抱えながら。
「うわあああーっ! はやーい! ブーン!!」
廊下の端では幹也が大笑いで動画を撮影し、その横で雅が「次は私と!」興奮気味で叫んでいた。
「……悠斗くん、何やってるの」
「あ、お疲れ瑠衣さん。旦那様たちから話があるみたいよ」
「まずこれの説明をしてほしいかな?」
「これは、お二人にせがまれてね」
一度敬介を肩車用のショルダーキャリーから降ろしYシャツを直す。当の本人は悠斗の「もっとー! もう一回!」と大はしゃぎしており、順番を待つ雅は悠斗のズボンの裾をキュッと引っ張っていた。
「ゆーとお兄ちゃん、次は雅の番! ブーンして!」
「けいくんまだ一回しかやってない!」
今にもケンカが始まりそうな二人を見て、悠斗は困ったように苦笑いを浮かべた。すると屋敷の奥から大きな足音で歩く音が聞こえてくる。その方向は、今日使用人ですら立ち入り禁止が言い渡された部屋の方向。
「あんたたち、うるさい!!!!! 今日はクリスマスよ!!!!!」
案の定不機嫌な華凛とそれを見て笑う大和。屋敷内だというのに力をいれたメイクに可愛らしい花柄のワンピース着ているはずの美少女は、外見に似つかない真っ黒なオーラを纏っている。
「お、何だお前ら。クリスマスおうちデート、楽しんでたんじゃねぇの?」
「せっかくドレスアップして静かに過ごそうと思ってたのに、廊下から『ブーン!』なんてバカみたいな爆音聞こえてきたら台無しじゃない!」
「お前らだけ抜け駆けした罰だな。俺だって本当はデートの予定だったのによぉ」
動画を撮り終えた幹也がヤレヤレと肩をすくめながら会話に入ると、華凛の怒りの矛先がそちらに向く。
「知らないわよぉ! いい大人がそれだけでワアワア文句言うな! ってか、さっさと結婚しなさいよジジイ」
「うるせぇ! おれは二十八だ!」
「高校生に交じってクリスマスの夕方に遊んでるジジイは惨めって言ってんの!」
「あ!? てめぇらのこと世間に言いふらすぞ!」
ぎゃーぎゃーと怒鳴り散らす華凛と幹也。大和も必死に仲介しようとするがヒートアップする二人は簡単には止まらない。敬介と雅は怯えるどころか慣れた様子で「また怒ってるー」「華凛ちゃんが考えた遊びなのにぃ」とひそひそ顔を見合わせている。
そこへずっと高みの見物をしていた朱莉が、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべながら悠斗に近寄ってきた。
「ダーリン。これうちもやってみた! うちくらいならいけるやろぉ!」
「物理的には可能ですが、ヘルメットがないので無理ですよ。ねぇ瑠衣さん?」
五大財閥の跡継ぎたちのあまりのフリーダムさと、それに適応している悠斗の姿を前に、瑠衣は頭を押さえてその場に立ち尽くすしかなかった。




