80 執事の第2ステップ
入口にもたれかかりながら立つ月若家当主――月若隼人は、朝一番というのにスーツ姿で髪も綺麗にセットされていた。大方、朝一に会議でもあったのだろう。目の下のクマはメイクでも隠しきれていない。
「おはようございます、旦那様。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」
「問題ない、朝からご苦労」
部屋に入ると華凛の隣にネクタイを緩めながらドサッと座る。
「話は聞いた。悠斗が付き合うにしても付き合わないにしても、『日ノ内のメイド』を好きになったという事実は好都合だ」
「好都合、ですか……?」
叱責覚悟の発言をそう受け取られるとは、考えてもみなかった。その真意は全く分からないが、「大人の都合」として何か利用価値があるのだろう。
「お前の恋心は利用させてもらう。悪いな」
「いえ……そもそも私が悪いのですから。当然です」
「世間から犬猿の仲と見られているだけで、俺たちの仲は良好だ。別にそれは悪いことじゃないし、可笑しいことでもない」
「はい。ですが、その世間の目というものがありますので、私の恋心は……」
「だから都合がいいのだ」
隼人は足を組み始めるとテーブルをトントンと叩き始めた。これは月若における「こちらへ来い」という指示の合図だ。
悠斗がそれに従い二人の主の元へ近づくと、隼人は手元にあったスマートフォンの画面を向けてきた。
「悠斗が誘拐されて犯人が取り押さえられた後のもの。どこかの報道ヘリか野次馬が撮ったものだろうな」
「確かに……こんなものが出回っているのですね」
画面に映るのはコンビニの駐車場で複数の男が取り押さえられている動画。空から撮られたものだからか、音声や細かい状況は把握できないが確実に自分が関わったものとは一目でわかる。
「これが何よ。確かにニュースになったけど、月若も悠斗も名前は出ていないはずよ?」
「そう。だけどね、華凛ここを見て」
隼人が指差したのは動画の端に映る見切れた人影。華凛がその部分をピンチアウトして拡大すると、男女が円陣を組んでおり、その中心で一人の男が正座させられている。
「これは華凛たちだね」
「言われてみれば……。まぁ、これは私たちね」
「この動画が出た時ネット上でかなり話題になったみたいだ。『なぜこんなに早く警察が犯人を確保できたんだ』」
「……あっ」
日本の警察が優秀だとしても、連絡の取れなくなった男子高校生一人を「誘拐」と断定し、防犯カメラの映像から車種やナンバーを特定して追跡、犯人確保まで繋げるなどいくら何でも手際が良すぎる。
おまけに、画面の端にはズラリと並ぶ高級車と大勢の黒服。そして見覚えのある金髪と青髪の少女たち。この誘拐事件の裏に五大財閥が深く関わっていることは誰の目にも明白だった。だがここにはそれ以上の問題がある。
「月若が関わっているというのは、事件翌日からネット上でも噂されていた。そして華凛が出てきたことで誘拐されたのが悠斗だということまで特定されかけている」
「うわぁ……やらかしたぁ……」
「だが、今問題になっているのはそこじゃない。ネット上で一番騒がれているのは――月若華凛と水船朱莉と並んで映っている、制服姿の女子生徒が誰なのかということだ」
水船朱莉と月若華凛がここにいるのは説明がつく。だけど富士見瑠衣がここにいるのは説明がつかない。
瑠衣はメイドの身分を学校にも世間にも隠している。つまり関係者じゃない第三者からしたら五大財閥の子供たちと肩を並べる謎の女子生徒。
「マズいわね、これは……かなり」
「幸い大和の姿は見切れていた。悠斗を囲んでいるのも、三人の女子生徒と警察官たちだということで話は落ち着いているようだ」
「確かに最悪の事態は避けられましたけれど……」
思わず悠斗は、二人の顔を見合わせてしまった。事の大きさに、華凛も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「事件当日、東京勇阿学園二年生の欠席者は七名、早退者は四名」
「悠斗と仲良くてここにいる辻褄が合う女子なんて……」
「そうだ。正直八方ふさがりだ」
ここからの彼女に関する言い訳をするにしてもどれも厄介なもの。
➀富士見瑠衣は実は月若のメイドです。
この言い訳は通じるかもしれないが、その場しのぎのもの。日ノ内運営の学校に月若のスパイがいたというのは世間から見たら大問題だ。
➁ただの一般人の女子生徒が華凛に連れられた。
これも倫理観が疑われて月若に矛先が向くのは明白。ついでに瑠衣が責められる事態にもなりかねない。
どちらを選んでも、どこかしらに致命的な破綻が生じる。
「それでだ」
そう言うと隼人は膝を叩き立ち上がった。下から見上げるその顔にはこれからを表すような覚悟を決めた顔をしている。
「五大財閥で会議をした結果、『富士見瑠衣は日ノ内のメイド』と正体を明かすことにした。学校でもそれをオープンにしてこれを大々的なものにする」
「しかし……! それでは、日ノ内が月若と仲良くしていたと」
「その批判が前提での動きだ。悠斗、私たちの最終目標はなんだ?」
「お嬢様と大和様の婚約。そのために世間からの誤解を解くという」
そのために布石として当主同士が文化祭で接近した。そしてこの発表をすることで日ノ内の人間も学内にいて気づかぬうちに近づいていたことになる。
「そうだ。当初の予定と外れるが、この誤解を解くきっかけは執事とメイドからということにする」
「……執事と、メイドから……」
主である華凛と大和が表舞台で手を取り合う前に、まずは従者である自分と瑠衣がその「架け橋」として世間の矢面に立つ。そこからステップアップしていき最終的に二人の関係の発表につなげる。
「話は分かりました。しかし瑠衣さんの正体を明かすとなると、彼女が日ノ内のスパイだと責められることになります。それは私は嫌です」
「分かっている。それについては理由付けを考えていこう」
隼人は不敵な笑みを浮かべ、再びテーブルの上のスマートフォンを指先で弾いた。
「一年後日ノ内をでる彼女を悪者にさせない。それは恋心を持つ悠斗ならどんな無茶でも、どんなことでもだやれるだろう」
立場に怯え、瑠衣の『初恋』に嫉妬していたが彼女を好きになった気持ちは嘘偽りがない。彼女を守るための大義名分も、背中を押してくれる主もここにある。
好都合の意味をここにきてやっと理解をすることができた。全てはこのために。
「旦那様、お嬢様」
悠斗は立ち上がり隼人に向き直る。その瞳に、もう迷いの色は一切ない。隼人はゆっくりと腕を組み、当主としての圧倒的な威厳をその全身から漂わせた。
「月若家当主である、月若隼人として命令する」
重厚な声が、静まり返った室内に深く響き渡る。
「富士見瑠衣を守り抜き、卒業までに両家の架け橋となれ」
「承知いたしました。彼女へ矛先が向かないように」
悠斗は力強く応答すると、主たちに向かって深く、どこまでもまっすぐに頭を下げた。




