76 執事と冬休み
悠斗の病院への即時入院が決定した。
外傷はほとんど見当たらなかったのだが、月若家からの絶対命令と、瑠衣の心配性も相まって、入院措置が取られることとなったのだ。
「景色いいわね、本当。タワマン暮らしも悪くないんじゃない?」
「二十階に病室があるというのも、なかなか珍しいですね」
窓際のカーテンをめくり、広がる夜景を優雅に楽しむ主とメイド。その傍らでは、用意された高級紅茶を傾けながら、他家のご子息たちが賑やかに雑談に花を咲かせている。
「あのぉ……皆様。いつまでいらっしゃるのですか?」
「いちゃ悪い?」
「悪いとは言いませんが……」
居心地が悪いこと、この上ない。どちらかというといちゃ悪い。
半ば強制的にベッドへ寝かせられているものの、悠斗自身はいたって元気だった。それなのに室内には五大財閥のうち四家のご子息ご令嬢が揃っている。これでは心身ともにゆっくり休まるはずがない。
「というか、幹也様は業務に戻らなくてもよろしいのですか?」
「お前の護衛兼今回の責任者っていう体になってるから大丈夫しょ。なんかあったら月若のせいにするし」
「執事の護衛を暁家の次期当主様が担うとは、面白いお話ですね」
「次期当主じゃねえーし。あれは弟に譲るからいいんだよ」
紺色の制服に身を包みながらもポテトチップスを食べる幹也に思わず呆れてしまう。四家のご子息・令嬢が一堂に会するこの空間。外から見れば政財界を揺るがすような恐ろしい状況だが、ここにいる面々にとっては単なる「いつもの延長」でしかないらしい。
「そういえばあいつらどうなったん?」
「月若、暁、警察の順で身柄引き渡しだって。目的とか日本に来た理由を探るため」
「目的はお金だろうね。悠斗くんの話を聞く限りそれ以外考えられない」
「よりによって月若狙うとかやばすぎろ。一番怒らせたらだるい奴らなんだから」
「ほんとよね。うちが一番うるさいんだから」
窓際からソファーへと移動してきた華凛が、優雅に紅茶のカップを傾けながらフンと鼻を鳴らした。五大財閥の中でも各色がある。中でも月若と暁はノリがいいと言われる反面、妨害者は徹底的につぶす過激派でもある。彼らを敵に回した以上、日本の領域に踏み込むことは二度とできないだろう。
「悠斗くん、はい。食べて」
「あ、ありがとうございます、瑠衣さん。……大丈夫ですよ? これでも元気ですから」
「……いいから食べて」
「はい……」
いつの間にか隣に座っていた瑠衣がリンゴを差し出してくる。
しゃきしゃきとした甘みを楽しんでいると、次から次へとリンゴが口元へ運ばれてくる。頬の近くまで差し出されたフォークを持つ瑠衣の手は、まったく休まることがない。
「てか私たちのクリスマスデートの予定どうなんのよ? これだともしかして……」
「はい、中止だそうです」
「はー!? しねー!!!!!!!!!!!」
病室中に響き渡る華凛の絶叫。あまりの音量に耳を塞ぐ悠斗の横で、幹也と朱莉は爆笑し、大和は呆れ顔で頭を抱える。事件故の結果に悠斗の形見も狭くなってしまう。
「お嬢様、病院ですから大声はお控えください。これは月若と日ノ内からの直々の決定事項ですので」
「お父様の決定? 知るかそんなもの! あんたが誘拐されたせいで私のクリスマスが潰れるなんて、絶対に認めないわよ!」
「その代わり、代案があるそうです。これは水船、暁にも関係することだと」
瑠衣が指を一本上げると室内の視線がそこに一気に集まる。これに関しては悠斗も何のことか知らないので思わず瑠衣の方を見てしまう。
「月若家からのご提案で『クリスマスイブから三が日まで五家で集まってパーティやら会議やらでゆっくりしよう。ちなみに拒否権はない』とのことです」
「……は?」
病室に一瞬の静寂が訪れた後、一番最初に素狂ったような声を上げたのは幹也だった。
「待て待て待て!三が日までって、お前、ほぼ十日間ずっとこのメンツで顔合わせろってことか!?」
「そういうことです、幹也様」
「俺、仕事あるし! それにマチアプの子とデートの約束が……」
「それに関しても、『業務以外での参加拒否は認めない』とのことです」
「そ、そんなぁ……二十八のクリスマスがぁ」
力なく倒れていく幹也を無視して、瑠衣は表情一つ変えずに続ける。
「月若と日ノ内のトップ会談で決まりました。『今回の事件を踏まえ、各家の次期当主および重要人物の保護と結束を強化する』という名目だそうです」
「名目ねぇ……要するに、大人たちが『お前らまとめて一箇所に囲い込んでおいた方が警備しやすいし安心だ』って投げやりになっただけでしょ」
せっかくの高校生のクリスマスを恋人と過ごせないのは申し訳なくなるが警備の面で考えてもそれが最善なのだろう。他に五大財閥に挑発する輩がいてもおかしくない。
「それって私と大和のクリスマスデートはどうなるのよ!?」
噛みつく華凛に対し瑠衣は用意していたフォークでリンゴをひと刺しすると、悠斗の口元へ押し込みながら淡々と答えた。
「それに関しても『おうちデートもいいものだぞ』だそうです」
「お家じゃなくて、関ケ原のいつもの邸宅でしょ。無いよりはましだけど、まじであいつらコロスコロス……」
呪詛を履き続ける華凛と、ショックを受ける幹也。興奮気味に「うち、ダーリンと一緒の家で過ごせるんや!」と興奮気味にはしゃぐ朱莉。その横では、大和が華凛の肩を叩いて慰めている。四者四様の反応に、悠斗と瑠衣も思わず笑ってしまう。
「そういえば悠斗くんにも伝言」
「俺にも?」
「悠斗くんはこのまま冬休み入り。一週間入院後、他家へ今回のことで挨拶参り。クリスマスイヴは別業務で東京業務後、クリスマスに岐阜入りだって」
「……え? 聞いてないけど」
思わず素の声を漏らした悠斗に対し、瑠衣は変わらない淡々とした調子でうなずいた。
「会議で決めたことらしいから、しょうがない」
勝手に組まれていく予定に納得がいかないものを感じながらも、少なくとも今はゆっくり体を休められそうだ。療養期間と言うことにしよう。
そう考えた悠斗は、枕に頭を預けた。




