73 執事と恋心
レンガ造りの外観にツタに覆われた入り口には色彩豊かな造花が飾られている。
ここが今日の目的地であり大和がデート場所として希望を上げたアミューズメント施設。
「大和くん、改めてこちらが私の主の月若華凛様です。突然瑠衣さんとのデートに着いてきてしまい申し訳ございません」
「デートじゃないから大丈夫だよ。えーっと……月若さん。僕は佐藤大和です。苗字は嫌いなので大和と呼んでください」
「ふーん。大和ね、よろしく」
いかにも「初対面です」と言う顔をしているが華凛の口角は不自然に上がっている。本来であれば注意をしなけばいけないがこの場所では必要ない。
ここは花をテーマにした光と映像技術を融合させた体験型アトラクション。演出のため部屋全体の照明を落としているため、顔の細かな表情を見ることはできなくなっている。
様々な「実験」と称した内容でアトラクションは進んでいく。光がテーマと聞いていたアトラクションだが、音や匂いと言った五感全体を使って楽しめる体験は特別なものだった。
四人は華凛と大和に瑠衣が先を歩き、後ろを悠斗が歩くというアンバランスな並びになっていた。
「お嬢様、あくまでお二人は初対面の設定です。距離感が近くなりすぎるのはお気を付けください」
「言われなくても分かってるわよ! てか、あんたはスマホばっかり見るの辞めなさい。警戒心むき出しで周囲見るのも! なにがあったのよまったく」
「申し訳ございません」
小声で華凛に注意を促すと悠斗が逆に怒られてしまった。園内に不審者が入園したという情報はないものの、市内には存在しているという事実には変わりない。今回のことは瑠衣にしか知らせていない分、同情の目線を向けられる。
「じゃあ行こうか。奥のエリア」
足を運んだ先にはプロジェクションマッピングの光で幻想的な花畑の世界が広がっていた。
「ねぇ大和! 写真撮って!」
興奮気味な華凛の様子にも他の人が気づかないほどのこの空間は魅力的だ。六面に映し出される光の花々を背に、ポーズ決めながら撮影会をする二人は修学旅行で我慢していた分の時間を満喫しているようだ。
「周りカップルとか家族ばかりだね」
主たちと少し離れた場所にいる悠斗の隣に瑠衣が歩いてきた。楽し気にスマホを撮り続ける様子に悠斗の緊張感も解れていく。
「はしゃいでる?」
「そうかも、こういう所初めてだし」
いつになく高い声のトーンとあたりにスマホを向ける仕草からもそれは容易に分かる。
「悠斗くん。業務連絡ね」
「はい」
「うちの長から『このアトラクションの運営には五大財閥の一つが携わっている。だから不審者の件は気にせず楽しめ』だって」
「……上に報告したんだね」
「信用してなかったわけじゃないんだよ? 悠斗くんにも楽しんでもらいたかっただけだよ」
「助かるよ。これでアトラクションに集中できる」
悠斗は小さく息を吐き出すとピンと張っていた肩の力をすっと抜いた。五大財閥の力が及んでいるアトラクション内であれば、セキュリティは万全だ。月若としては内々で済まして大ごとにしたくなかったのだが、今回ばかりは日ノ内たちの気遣いは頼りになった。
「じゃあ、私の前立って。写真撮るから」
「いらないでしょ。いつもの感じじゃないんだし」
「まぁいいじゃん。ほら立った立った」
流されるまま瑠衣の前に立つと細かいポージングを要求されるとシャッターの音が切れていく。二回、三回としたところでスマホを渡せれると目じりが下がった自分が映っていた。
「練習してきて良かった」
「綺麗に撮ってくれてありがとう。なんか練習したんだ」
「少し前から。お嬢様たちに行く先々で写真をねだられるから。それに――好きな人と一緒に出掛けた時の練習も兼ねてね」
「……好きな人。それはご家族とか?」
「それもそうだけど。異性として? 好きな人かな」
恋愛には無縁と一学期に言っていた彼女に好きな人ができた。この事実に悠斗の脳みそは理解が追い付かなかった。
同じ使用人で業務の傍ら異性に恋する彼女は想像ができないし、なぜか疎外感を感じる自分もいた。
「好きな人できたん、だ。知らなかった」
「この修学旅行中の恋バナで自覚したというか。それってたぶん好きってことだよって言われてね」
「な、なるほど」
悠斗自身理解ができないが思わず声が震えてしまう。
「でも告白とかはしないかな。私は来年、東京離れちゃうし」
「確かにね」
「うん。だから付き合いたいとかはないかな。彼にも事情があるだろうし」
そう言って寂しそうに微笑む瑠衣の横顔から悠斗は目を逸らすことができなかった。
この不快な胸騒ぎは何なのだろうか。同僚で初めてできた友人が遠くへ行ってしまうように感じる寂しさなのか。
今後の彼女との下見デートはどうすればいいのか。もし可能であればその人に頼む形だって取ることができるだろう。そしたら下見デートは用なしで、元の執事業務に集中できる。
それ以上にこんな素敵な彼女に好意を持たれる人は誰なのだろうか。
目まぐるしく頭を駆け回る色々な思いで悠斗の表情は次第に強張っていく。
「大丈夫? なんだか体調が……」
「いや……大丈夫。ただね」
「ただ?」
「瑠衣さんみたいな人に好意を抱かれている男性は、きっと幸せ者だと思うよ」
「本当? なら良かったな」
その言い訳に瑠衣は下を向きながら嬉しそうにほほ笑んだ。
悠斗の胸中で渦巻く割り切れない感情と同調するように、壁面に映る光の花は枯れていき次の蕾がゆっくりと芽吹き始めた。




