72 執事とメイドの修学旅行デート
この部屋を好きに使えるのも就寝時間まで。五人は自室に戻る準備を始める。
「朱莉はそういえば明日どうするの? 私達四人はデートだから相手できないわよ」
「うちは明日帰るよぉー」
華凛の問いかけにさらりと答える朱莉に、四人の手がぴたりと止まった。
「あんたねぇ……。急な登場で月若と日ノ内で振り回されてんのよ」
「いやぁーそれは悪い思うねんけど……親父とお袋がカンカンでぇ」
気まずそうに赤い頬を掻く朱莉だが、今回ばかりは同情の余地もない。話を聞くに今回の件で三家の当主たちが緊急会議を開き、日ノ内側が水船側をかなり詰めたとも聞いている。朱莉の父親の思いを考えるとなおさら擁護はできなかった。
「そもそも三年が参加している意味も分からないんだから、帰るのは正解ね。何時の飛行機?」
「十六時」
「また中途半端な時間ね……。わかったわ。うちから五人出すから、送迎はそこに頼みなさい」
「え……。そのうちの一人は――」
「勿論悠斗はダメ」
「えぇー! ドケチ! 少しくらいええやん! 華凛のアホぉ!」
ベッドにダイブし手足をばたばた動かしながら抗議する朱莉をよそに、悠斗はスマホを取り出し華凛からの命令を伝えた。「明日、水船朱莉様帰宅に伴い五人の使用人を手配せよ。該当者五人は東京着後一週間の休暇有」というメッセージをトークグループに投げると、瞬く間に大量のリアクションが返ってくる。それだけで、この業務における使用人たちの疲弊ぶりが容易に窺えた。
ついでに他のチャット履歴を遡っていると、『日ノ内共有事案』と書かれた不穏なメッセージが目に留まる。
「悠斗くん、これ……」
「今、見た。瑠衣さんの方にも届いたみたいだね」
「『外国籍の男が市内で月若華凛を見かけていないかと声をかけて回る事案が発生。周辺施設にて宿泊先の聞き込みを行っているのを確認』」
「……やはりお嬢様の名声は、諸外国にまで届いているってことか」
「マズくない? 流石に明日は中止に……」
無機質な液晶画面の隅からは主たちの他愛のないやり取りが聞こえてくる。
「十六時まで何してんのよ?」
「華凛ちゃんの後輩たちの修学旅行にお邪魔するよー。なんか『水船家の淑女としてのたしなみ』みたいなのを講義してほしいって」
「マジで意味わかんない。どういうこと?」
のんきに楽しんでいる日本経済界の大物たちと、不穏なメッセージに焦る使用人たち。笑い話で済まない大ごとなのだが、主たちの緊張感のなさが悠斗の緊張感を柔らかいものにしていく。
「お嬢様、私は緊急で用事が入ってしまったので先に出ます。明日は午前六時にお迎えに行きますのでそれまでお部屋から出ないでくださいね」
「はいはいーおやすみー!」
悠斗は主たちに悟られないよう早足で部屋を後にした。
その夜から翌朝にかけて別館の明かりが消えることはなかった。
◇
いつもより二時間短い睡眠時間では容赦なく照りつける陽光が煩わしいとすら感じられる。
瑠衣と大和たちに合流し園内を歩いていると案の定、昨晩のことを問い詰められた。
「顔、怖いよ悠斗くん」
「……失礼しました」
「なんか物騒なこと慣れてる? 他の人たちも警戒はしてるけどまたかぁみたいな顔してたし」
「割と。不穏な手紙とかメールは一年に三回はあるし」
人差し指で無理やり口角を上げようとする悠斗と対照的に瑠衣の顔は曇ったままだ。
「華凛様に言わなくてよかったの?」
「……うん。勘違いで、ただ本当にお嬢様のファンで好きなだけの人かもしれないしね」
そうは言うものの、その可能性が極めて低いことは重々承知していた。市内で聞き込みをしていたという謎の人物も、日本への渡航歴すらない二十代の白人男性。月若や五大財閥の力をもってしても身元が割れないということは、訳ありの人物であることは確定的なのだから。
それでもこのデートを止めなかったのはやはり主たちに心から楽しんでほしい。
文化祭でのデートは、決して「恋人らしい」と言えるものではなかった。
受験という大きなイベントが控える三年生にとって、残された学校行事は運動会などのごく限られたものだけ。だからこそこの修学旅行の限られた時間だけは、悠斗が何としても死守しなければならなかった。
作品を読んでいただきありがとうございます!明日の投稿はお休みさせていただきます。
他作品を読んでると文章力やシナリオ構成で自身の勉強不足を痛感したため、明日は一日創作勉強に励もうと思います。
何卒よろしくお願いいたします。




