71 執事とメイドと主の秘密会議
「大和くんも別館に用事?」
「そうだね。生徒会の仕事で先生に急に呼ばれて」
二人の目的地は宿の別館。
今日泊まる旅館の別棟は、密会場所兼極秘デート任務の二家拠点となっていた。
宿の中庭を通り別館に向かう途中珍しい組み合わせに二度見されたものの、二人とも気にする素振りを見せずに歩き続ける。クラスメイトの姿がまばらになり目的地が見えてくると、スモークガラスの扉の奥に一列に並ぶ使用人たちの姿が浮かび上がってきた。
「みんなわざわざいいよ。ここは屋敷じゃない」
大和が制するもスーツ姿の男性とメイド服の女性たちは頭を一斉に下げた。その光景に苦笑いを浮かべつつ、諦めたように歩き出す大和の後ろを悠斗も一定の距離を保ってついていく。
大和が脇を通り過ぎると使用人たちは顔を上げ悠斗に向けて品定めるような視線を向けた。これも致し方ない。
いくら裏では密接な関係にある月若と日ノ内であっても他家の使用人に頭を下げるなどあってはならないことだ。それに加え、悠斗自身がその業界においては名を知らぬ者がいないほどの異端な存在。好奇の目に晒されるのも無理はない。
エレベーター前にいる黒服に声をかけ最上階のボタンを押されたエレベーターに乗ると、外から長崎の夜景が見えてくる。
自動音声と共にドアが開くと廊下を埋め尽くすボディーガードとメイドに案内されたのはこの旅館の中で最も高価な部屋だ。
和洋折衷の大部屋は二つのベッドに大きなソファ、畳上はコタツが用意された最上の一室。十代の学生が修学旅行で泊まることなど到底できない。
その一角のコタツ内でだらけた様子でマンガを読んでいるのは華凛と瑠衣だった。
「お疲れー元気してた大和?」
「うん、元気元気。二人は随分お疲れだね」
「……パパに注意されたわ。あんまり『騒ぎになると華凛が困るよ』って」
「まぁ言わずとすることはわかるね」
悠斗と大和もコタツの空いてる角度に入っていくと自然と四面が綺麗に埋まっていく。
「朱莉様はどうされたのですか?」
「今は備え付けの露天風呂入ってる、ほら」
華凛の指さす先には湯煙で靄のかかった窓の奥で揺れる背中が見える。そんな悠斗たちの視線に気づいたのかその影は窓の方に近づきドアを開けると手を振ってくる。
「ダーリン! 来てくれたんやね。ちょいとまってな、もう少ししたら出るから」
「体見せんな! これで隠せ!!!」
華凛が勢いよく立ち上がるとクローゼットにあったタオルを投げつけ、朱莉の顔面にクリーンヒットする。
「まったく……で! 本題に入りましょ」
「そうですね。全員そろったことですし」
そもそも悠斗たちが集まったのは密会の為だけでない。この修学旅行の本題である、明日の「密談デート」のためだ。
場所は、ヨーロッパの街並みを再現した長崎のテーマパーク。
旅行雑誌とタブレットに目を通す華凛の顔つきは、いつになく真剣そのものだった。
「事前にるいるいと大和が回ってるところに私たちが合流。これしかないわよね」
「大和様のご招待がバレてしまうリスクが孕んでいますが……。月若家内ではこの方法がベストであろうと結論が出ています」
前回おこなった変装も当人たちと満足度が低く、最終的に出された案はこの形へと自然に落ち着いた。
この案には大きなリスクがあるが、修学旅行で一緒に回ったという成果は大きなリターンにもつながる。何としてでも成功させたい。
「こっちもそれで問題ない。富士見もいいよね」
「はい。ただし時間は一時間です。それ以上は他生徒から目を引きすぎる恐れがあります」
「そうだね。一時間でできることを考えるか」
広く様々なアトラクションがある園内を限られた時間での全ての散策は容易なものではない。だからこそこの選択が主たちの許された時間の満足度を上げることへのカギになる。
悠斗もタブレットを覗きながら園内マップと照らし合わせていく。
「これなどどうですか? 園内だけでなく大村湾も見える展望台らしいですよ?」
「うーん……いまいちかも」
「それならゴンドラ遊覧などはどうでしょうか? お話ししながらゆっくりした時間をお過ごしできますよ?」
「それも他の人に見られて色々言われるリスクが……ねぇー」
場当たり的に意見を述べるも却下されてしまう。それくらい二人は真剣でこの日を楽しみにしていたのを、鈍い悠斗でも伝わってくる。「わかりました」と息をつき、再度並べられた雑誌に手を伸ばす。
「……」
「どうされましたか? お嬢様」
「変わったなってあんたが」
視線を感じ目線を上げると机に肘をかけて華凛が目尻を下げながら悠斗を見つめていた。
「自覚はないのですがどういった所がですかね?」
「なんか昔は私に命令されたからって感じだった。でも今って私や大和が楽しむようにっていうのを考えてくれてるでしょ。変わったなぁってー」
「自覚はないですが……。それは嬉しいことですね」
「デートよりもそれがバレない様にって隠すことばっか考えてたからね。瑠衣もだけど」
確かに前まではお忍びと言うことにとらわれて、デート内容ではなくその為の隠蔽工作に力をいれてしまった。そのせいで一学期には何度も叱責を受け、恋愛を勉強しろと口酸っぱく言われた。
遊園地でも文化祭でも彼女と共に過ごす中で、「誰かと一緒に回る」ということを強く意識するようになった。それは体裁を気にして他人に気を使い続けることではなく、自分自身も一緒に楽しむということ。
デートとは相手を楽しませるだけの思い出ではなく、楽しさを共有する思い出なのだと。
「……さて。もう少し練り直しましょ。『ダーリンダーリン!』ってうるさいのが来る前に」
華凛が意地悪そうに窓際を指さすので他三人は思わず笑顔をこぼした。




