69 執事とメイドとレトロ衣装
修学旅行二日目は長崎での校外学習。
緻密な計画をたて華凛に満足した修学旅行を演出する予定だった。その班行動の予定は大きな変更を余儀なくされた。
「ダーリンと旅行できるなんて最高ー。学校かぶせてよかったわ」
「朱莉、くっつくな。色々めんどくさいんだからやめて」
タクシーの後部座席で、悠斗は華凛と朱莉に挟まれた両手に花の状態となっていた。誰もが羨む夢のようなシチュエーションだが、当事者の悠斗からすればたまったものではない。
そもそも今回の四人班行動は、悠斗、瑠衣、華凛に、クラスメイトの男子が一人の構成だった。その男子も、立候補する他の男子たちを押し退けくじ引きの末に当たりを掴み取った豪運の持ち主だったのだが、水船朱莉の乱入によってその努力と幸運はあっけなく霧散することとなった。
「あんたは福岡で帰りなさいよ。なんで長崎までついてくんのよ」
「ええやん別に」
おどけながら言う朱莉と真っ赤な顔の華凛。ルームミラーに助けを求めるよう視線をやっても助手席に座る少女は目を合わせてくれなかった。
車が止められたのは長崎では有名な観光スポットの洋風庭園と洋館。ここを希望したのも朱莉の要望で悠斗としては反対をしたが、このグループの中心的人物である華凛が乗り気だったためここへ変更された。
「お嬢様。本当によかったのですか? 他にも気になっている場所があると言っておりましたが」
リーフレットを覗きながら前を歩く華凛に声をかけるとふわりとスカートを広がらせながら振り返ってくる。
「いいのよ。朱莉が見つけったこっちの方が気になるしー。ねぇーるいるい?」
「はい、私も興味があります。それにこちらの方がお二人は楽しめますしね」
リーフレットを広げながら歩いていく三人組の後ろを歩いていく悠斗。
制服だけで判断すれば女子だらけの班に入ってしまって男子生徒の一人だが、よくよく顔を見れば月若と水船のご令嬢が一緒にいるという状況は案外気づかれるようでひそひそと話し声が聞こえる。
立ち止まって建物をゆっくりと見ていれば指を差されると悠斗も考えていたが、当人たちも目的の建物は決まっているらしく素通りしていく。
歩いていくこと数分。
瑠衣が指さし立ち止まったのは白を基調とした木造2階建ての洋館。どうやら三人のお目当ての建物はここのようだが悠斗としては納得していなかった。
華凛や朱莉の性格から考えてこうしたものに興味を示すはずがないのだが。不思議に思いながらも建物に立てかけられているのぼりを見るとここへ来た理由が分かった。
「……なるほど、レトロ衣装の貸出ですか」
洋館の横に掲げられた『レトロ衣装体験』の看板と、色鮮やかなドレスが並ぶ写真を目にし悠斗は軽く手を叩いた。洋館や庭園を背景に記念撮影ができるサービスが行われている。華凛や朱莉が歴史的建築そのものに興味を示すはずはないが、クラシックなドレスとなれば話は別だ。
「じゃあ行くわよ。悠斗も何か着替えなさい」
「……私もですか?」
「ドレスの三人に制服のあんたじゃ写真映りもなにもないでしょ。いいから」
問答無用といった体で建物内の受付へと無理やり引っ張られていく。
瑠衣が受付に「修学旅行コースで四人お願いします」と声をかけると、受付の人物は後ろにいる華凛たちの顔を見て一瞬で青ざめてしまったが、何とか言いくるめて三人に手早く衣装を選ばせ、試着室へと押し込んだ。
悠斗も目に入った衣装と小道具をさっと手に取り、着替えに向かった。
「お嬢様お似合いです」
試着室から一番先に出てきた華凛は、ワインレッドのドレスにベレー帽風の帽子をかぶった装い。普段の容姿も相まって「絵画から出てきたような存在」と言われてもおかしくないほどだ。さっきまで受付前で引きつった顔のままきれいに整列していた従業員たちも、思わず顔をほころばせて拍手するほどだった。
「そういうあんたは……変わらないわね。面白みがない」
悠斗が選んだのは、ブラウンのベストにタキシードを羽織ったもの。
普段からスーツを身につけている悠斗は、衣装の選択肢の中から一番浮かない無難なものを選んでいた。これでも赤色のネクタイやハット帽子は身につけたことがなかったので緊張していたのだが、華凛には「面白みがない」と一蹴されてしまった。
「お待たせー」
次に出てきたのは朱莉。
黄色の装飾が施された黒ベースのジャケットに、深緑のタータンチェックのスカート。キャップから覗くウルフの青髪も相まって、華凛の装いとは対照的なカッコいい印象を抱かせる着こなしだ。
「朱莉、似合ってるわね。でも、もっと可愛いのを選ぶと思ってたわ」
「えへへ。ダーリンが軍服を選ぶと思ってこれにしたんだけど、ミスったわぁ」
「そうだったのですね。申し訳ありません。ですがとてもお似合いですよ、綺麗です」
「本当! ならツーショいっぱいとろ! ほないこ!」
無邪気にキャッキャと喜ぶ朱莉の横で、華凛が呆れたように溜め息をついた。
「朱莉。瑠衣がいるんだから待ちなさい。――瑠衣どーう?」
「すみません! 今靴を履いておりますので」
華凛が試着室のカーテンへ視線を向けると、まるでタイミングを合わせたかのように、静かに生地が擦れる音が響いた。
「お、お待たせしました……」
少し気恥ずかしそうに顔をのぞかせた瑠衣の姿に、その場にいた全員の動きがぴたりと止まる。
出てきたのはターコイズブルーのボディスとオーバースカートのドレス。
「やっぱり似合っておりませんか……?」
瑠衣が普段のメイド業務で身に着けているのはヴィクトリアスタイルのメイド服。今着ているのはそれと対照的な「主が着る」ヴィクトリア朝風のデザインドレス。それをわざわざ選んだいう事実に悠斗のみならず他の二人も言葉が出なかった。




