67 執事の女子会参加
悠斗たちの修学旅行一日目は途中から別行動になってしまった。
月若家のご令嬢が九州にいるという話が一斉に広まり、「是非挨拶を!」と対応を強いられることになった。
そのため悠斗たちがホテルにつく頃には周りは夕食が済んでおり自由時間となっていた。割り振られた部屋に入ると同部屋の男子たちは他の部屋に遊びに行くと室内はもぬけの殻状態。
悠斗にも誘いの連絡は来ていたが、水船朱莉の襲来と月若関連企業の食事会という急な対応を強いられていたため体を動かす元気は残っていなかった。三つ並びの最奥のベッドに体を預けるとすぐに静寂を破るアラームの音が聞こえる。
「悠斗、部屋のバルコニー出てよ」
華凛の連絡に従い窓ガラスのカギを開け、指示通りバルコニーに出ると夜の博多の絶景が一望できる。
「下よ! 下!」
通話越しの声に応えるよう視線を真下へ向けると、バルコニーから顔を乗り出し手を振る女子たちの姿があった。声のトーンや位置からしてそれが華凛達だというのはすぐにわかった。
「悠斗ー! 他の子はー?」
「別の部屋に遊びに行っているようです」
「あんたはいかないのー?」
「私は疲れたので休んでいました」
「なら暇じゃん。こっち来なさいよ」
悠斗が少し困惑混じりに問い返すと、電話の向こうから華凛の呆れたような声が返ってくる。
「あんただけ部屋でポツンと留守番してても退屈でしょ?」
「まあ……確かにおっしゃる通りですが」
「なら決まり。他の子もあんたならいいって言ってるし」
「ですが、そちらは女子部屋です。私が下のフロアに行くのは問題になります」
男女間の明快な境界線として男子は五階、女子は四階と泊まるフロアが分かれており、異性の部屋に遊びに行くのは禁止。これは言うまでもなくルールなのだが、悠斗の場合は月若華凛の執事という立場上、グレーな扱いとなっていた。
「バレなきゃいいのよ。そっから飛び降りてこっち来なさい」
「しかし……」
「数分だから大丈夫よ、早く」
「……承知しました。少しだけですよ」
数分なら問題ない——そう自分に言い聞かせると、悠斗は迷いなく手すりを乗り越えた。下から短い悲鳴が上がったが、気にする素振りも見せずに着地点を見定めしなやかに着地する。
「お待たせいたしました。……数分だけですからね」
「分かってるわよ。ほら入った入った」
慣れた手つきで部屋の中へ促す華凛と、何事もなかったかのようにその後へ続く悠斗。あまりにも当たり前のように室内へ入っていく主従に対し、
「ほんとに飛び降りてきた……」
瑠衣と同部屋のクラスメイトたちは、目を丸くしたまま完全に凍りついていた。
靴を脱いで室内に足を踏み入れた悠斗に、華凛はドカッとベッドに腰掛けながら腕を組んでいる。手を洗い終えた悠斗はその華凛の近くの床に正座をする。
室内には悠斗と華凛、瑠衣に別部屋から遊びに来た女子達六人がいる。
「お嬢様。これは女子会をされていたのですか?」
「まぁそんな感じ。私たちみんな彼氏いないしー」
「あ、あぁーなるほど……」
日ノ内大和という彼氏がいるはずだがうまく隠している状況に、悠斗は視線をそらしてしまう。
「ってか聞きたいことがあったんだけど、星原」
「え、なに」
「瑠衣ちゃんはみんなに敬語使っているじゃん? それなのに星原には敬語じゃないのはなんでなの?」
クラスメイトに名指しをされたからか瑠衣の体はぴくっと飛び上がる。前に同級生に聞かれたときに「誰にも敬語を使い敬意をあらわすように」と言って納得させていたが、確かに悠斗に敬語を使わないのはおかしいことになる。
「……そうですね。それは……」
「矯正のために瑠衣さんにお願いをしているんだよね」
「……えっ、矯正?」
尋ねてきたクラスメイトが、想定外の理由に目をパチクリとさせた。
「俺は気を抜くとこうやって……職業柄、どなたに対しても過剰に丁寧な言葉遣いになってしまう癖がありまして。同年代の方々と自然に対等なコミュニケーションを取るというのもエチケットの一つだと教わりまして。だから……瑠衣さんには俺に対してタメ口で接する練習をさせてほしいってお願いしたんだよね」
悠斗は敬語と砕けた口調を織り交ぜながら、もっともらしいのことのように説明を付け足した。背筋を伸ばして正座したまま、真面目な顔で嘘をつくその姿には説得力がある。
「あ、なるほどね……! 確かに星原って誰に対してもめちゃくちゃ丁寧だもんね」
「うんうん、なんか納得かも。瑠衣ちゃん、星原くんの練習相手になってあげてたんだ!」
女子生徒たちは一瞬で「あ〜そういうことか!」と納得し、場の空気があっさりと和らいだ。
「……そ、そうなの。最初はすごく緊張したんだけど……悠斗くんの『同年代とフランクに話す練習』のお手伝いってことで……ね?」
「星原と瑠衣ちゃんって仲いいよね。一学期も二人で出かけてたみたいだし」
「えっ、二人って実は付き合ってたり……」
女子生徒たちが「キャー!」と一気に身を乗り出し、恋バナ特有の鋭い眼差しを瑠衣へと向けた。急激な追撃に、瑠衣の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「ち、ちが……っ! あれは……その、悠斗くんとお買い物に行っただけで……!」
「買い物の時点でデートじゃん! どこ行ったの!?」
「えっと……」
以前、朱莉や瑠衣が月若邸へ遊びに来た時も王様ゲームで恋バナのような話になっていた。お泊まりとなればこういった恋バナが突然起こるものなのかと納得しながらも、目の前のやり取りについていけず肩身の狭さを感じていた。




