66 執事と修学旅行
修学旅行当日。
福岡の地に降り立った華凛はとても上機嫌だった。
「いい気分ね。みんなで乗る飛行機も」
鼻歌を口ずさみながら歩いていく華凛の後ろを悠斗は静かについていく。いつものプライベートジェットと違い、客席も狭く、周囲との距離も近いため不自由さを感じるかと思ったが、悠斗の考えすぎだったようだ。
空港内を歩きながら他の生徒についていく中、悠斗は妙な悪寒を感じて思わず振り返る。
すると、そこには見覚えのある制服を着た少女たちの姿があった。その横では集団が人だかりができており、その中心ではサングラスをかけたウルフカットの女子が囲まれながら写真を撮られている。
ここにいてはいけない、おかしい人物——。
「お嬢様、あれを見てください」
「ん? なーに?」
スマホをいじっていた華凛を引き留め、指さす方に目を向けさせると、彼女は信じられないものを見たかのようにゴシゴシと両腕で目をこすり始めた。
「あの制服は、お嬢様が通われていた中学校のものですね」
「そうね」
「その方たちに囲まれているのは、水船朱莉様ではありませんか?」
「うん、そうとしか思えない。……どういうことよ、あれ」
足を止め呆然と見つめるしかない中、こちらに気づいたらしく朱莉は手を振りながら走ってくる。高校三年生の彼女がここにいるはずがないが、近づいてくる彼女はどこからどう見ても水船朱莉そのものだ。
「来ちゃった♡」
あざとく首を傾げ、ポーズを決めてくる彼女。
「どうしてここに?」
「うーん……悠斗に会いたいなぁーって思ったから」
悠斗は押し寄せる頭痛にこめかみを押さえて耐えながら、できる限り冷静な声で突っ込んだ。
「それより、周りにいた方々はどうされたのですか。お嬢様の中学の後輩たちですよね?」
「そうそう、悠斗のこと待ってたら囲まれてなぁー。うちが中三のとき遊びに行ったん、覚えてくれてたらしい」
確かに華凛の中学の文化祭に、朱莉が急に遊びに来たと言うことで騒ぎになったと言うことを聞いていた。今周りにいる彼女たちもその時の生徒たちなのだろう。いつのまにか華凛の周りにも「華凛さん!」と周りを囲む女子生徒たち。
「悠斗くん、どうしたの――」
「あ、るいるいー。やほやほ」
能天気な朱莉の声に、少し遅れて集合場所へと向かっていた瑠衣が目を丸くする。
落ち着いた佇まいに戻っていた瑠衣だったが、修学旅行先で出会うはずのない人物の登場に、その足が完全に停止した。
「……朱莉様!? なぜ、ここに……」
「みんなに会いたくて来ちゃった! ほら、うちら旅行とかしたことないしー、それに美味しいもの食べ歩きしたいなーと思って」
瑠衣は察したようにハァと小さくため息をつき、さっと悠斗へ近づき耳元へ囁いた。
「どうする……? まさか朱莉様がくるなんて」
「学校のイベントに帯同させるしか……」
「それしかないよね……。わかった、他の使用人にも伝える」
「ご迷惑おかけします」
「お互い苦労が絶えないね」
「本当に。ですが、これが私の役割ですから」
苦笑いを交わしながら素早く示し合わせる二人を、朱莉は「なになに〜? ふたりでひそひそ話? 内緒話ならうちも混ぜてよ〜」と興味津々で覗き込んできた。
「朱莉様。当校の修学旅行行程に同行されるのでしたら、いくつか条件がございます」
悠斗はすっと姿勢を正し、隙のない執事の表情へと切り替えた。
「第一に、生徒の移動や見学の妨げにならないこと。第二に、単独行動で問題を起こさないこと。そして第三に——」
「私とお嬢様、そして瑠衣さんの邪魔しないことです」
「オッケー。ダーリンとずっと一緒だから問題ないねぇー」
「私は月若の業務がございますから」
相変わらずのブレない対応に、朱莉は「ちぇっ、相変わらずガードが硬いなぁ」と唇を尖らせる。
「第一、朱莉。あんた学校はどうしたのよ!」
後輩たちへの対応を終えた華凛が、額に青筋を立てながら割って入ってきた。
「大丈夫やって〜。連絡しておいたから。自主休講的な?」
「絶対大丈夫じゃなってそれ」
華凛の鋭いツッコミが到着ロビーに響き渡る中、瑠衣は手元の端末から視線を上げ、悠斗に小さく頷いて見せた。
「悠斗くん。『こちらで引き取りイベントには私たちのクラスに同行。朱莉様の生活サポートは星原悠斗に一任』だって」
「生活サポートを私が? お嬢様といるというのに」
「今回も水船の人に言ってないみたい」
どうやらも今回も相談なしの行動のようだ。ポッケから鳴りやまないバイブ音がそれを表している。
「朱莉様。今回の修学旅行に関しましては私が生活のサポートをお願いされました。しかし、月若華凛様と並行し水船朱莉様をサポートいたしました」
悠斗が頭を下げた瞬間、華凛と朱莉の言い争う声が聞こえてくるが悠斗はそれを無視するように頭を下げ続けた。




