65 執事とセキュリティチェック
昨日の予約と投稿ができておらず、お休みという形になってしまい申し訳ありませんでした。
改めて本日から毎日投稿を再開いたします。
文化祭は多くのトラブルに見舞われながらも幕を閉じた。
ただ悠斗たち二年生にとっては大きなイベントが連続して続く。
悠斗は一息をつく間もなく、今日も月若家の業務に従事していた。
「文化祭の次は修学旅行か。おじさん羨ましぃよ……」
「『おじさん』という年には見えませんよ、菅原さん。それよりもこれ」
「ほいほいー」
複数のスマホとノートパソコンを「おじさん」と称する菅原に渡し、空いている座席に座る。
今いる場所は、いつものたまり場である旧校舎の美術室でも、月若家の巨大な邸宅でもない。ここは月若家が運営する会社の研究室だ。
悠斗がここに来た理由、修学旅行前のIT機器のセキュリティチェックのため。
「じゃあセキュリティ検査が終わるまで、SNSの調査結果に目を通しといて」
「承知いたしました、ありがとうございます」
研究室から出ていく姿を見送ると、巨大なモニターに幾つもの写真とデータログやリアルタイムの投稿が瞬時にリストアップされていく。これは九月の始業式から文化祭までにSNSで拡散された悠斗周りの情報。
これが執事の仕事かと言われれば悠斗にも甚だ疑問ではあるが、このITスキルというのも現代の執事には必要なスキルの一つだ。
「やっぱり、当主同士の接触に関しての意見が多い」
この数ヶ月で世間を騒がせた最大のニュースは、文化祭一日目の月若と日ノ内の接触。画面上に表示されている統計データにもこれに関する投稿が多いことが反映されている。
「そしてお嬢様の写真も複数。文化祭関連がほとんど」
そして次に多いのもやはり文化祭での写真の投稿。
メイド服を着て決め顔で給仕をする姿やクラスメイトたちとはしゃいでいる写真、盗撮したであろうピンボケしたものもある。
だが悠斗が一番注目してしまったのは別のもの。
「お嬢様と悠斗くんってこんなに距離近かったっけ?」
いつの間にか戻ってきた菅原は、悠斗の座るチェアのヘッドレストに腕を乗っけていた。彼が指さす方には横並びで笑いあっている二人の姿がある。首を斜め上に挙げながら悠斗は答えた。
「これはお嬢様ではなく他の方です。わけあって協力していただきました」
「なんほど。だから違和感あったのか」
「分かるものですか? この写真だけでも」
「おじさんはお嬢様に直接会ったことあるからね。でも普通の人にはわからないとも思うけどね」
「なら安心です」
言われてみれば本物の華凛にあるはずの主従の関係がないので、瑠衣とは安心して話すことはできた。「距離感が近い」というのは生徒たちにも思われているようで、それは投稿文からも推測できる。
『月若さんと星原くん、距離感がリアルすぎる』
『このふたり、本当は付き合ってるんじゃない?』
『月若ペア、マジで尊い』
……これは華凛に大目玉を食らうかもしれない。
『なんであんたとカップルみたいになってるのよ! 私の恋人は大和だけよ!』
容易に脳内再生される声を誤魔化すように頭を振ると、隣から手が伸びてきた。その手はマウスを動かすと二つの写真を巨大なモニターに投影した。
一つは先ほどまで映っていた、悠斗と変装した瑠衣のツーショット。
もう二つはクラスメイト全員で取ったクラス写真。そしてその中から瑠衣だけが拡大表示されていた。
「お嬢様の変装この子でしょ」
「鋭いですね。なぜわかったのですか」
「このスマホだよー。これだけ先に返すね」
預けていたスマホを受け取り、画面をタッチすると想定していなかったものとは違うものが映る。
「ずいぶんラブラブだね。この『クラスメイト』と」
ロック画面には悠斗と瑠衣のツーショット。夏休み寝ぼけて起きない瑠衣に抱き着かれた時の写真。
こんなものをロック画面にした覚えはないため悠斗はフリーズしてしまう。
「悪趣味ないたずらですね。どういうわけですか?」
「ちょっと怖くてウイルスチェックの後に中身を見ちゃった。ごめんね」
手を合わせて「めんご、めんご」と謝罪して来る菅原に呆れつつも状況を理解できた。
今までに友達との連絡どころか写真撮影もしていなかった機種に、漫画アプリにSNSで容量が増えたことに疑問を感じた。不正攻撃を疑い中身を確認すると、瑠衣との密なやり取りにいたずら心がくすぐられてのいたずらといったところであろう。
「まぁ……あなたの業務を考えると仕方ないかもしれませんね。ただこのようないたずらは、心臓に悪いのでおやめ下さい」
「おやおや? 何故心臓に悪いのかなー」
「……分かりました。旦那様に本件を報告して研究費の出資を減らすよう――」
「すみません出来心です! 許してください、ごめんなさい」
立ち上がる悠斗の前で菅原は頭を地面にこすりつけた。
自分より何歳も年上の大人の本気の土下座を見て許さないという選択肢はないに等しい。
「はぁ、立ち上がってください。監視カメラもあるので他の人にも見られてしまいますから」
「おじさんのこと許してくれる?」
「許しますよ。というか、大人の土下座は怖いので辞めてください。旦那様の前で泣きながら土下座する人たちを見てトラウマなんです。そういうの見るの」
「さすが優秀な執事様は寛大だねぇ!」
菅原は調子よく顔を上げると、ズボンについたホコリをパンパンと叩いた。先ほどまでの切迫感はどこへやら、相変わらずの調子でヘラヘラと笑っている。
「富士見さんは仕事仲間であり大切な友人です。それ以上でも以下でもありません」
「それはlike? love?」
「勿論likeの感情ですね」
「へぇーふーん。それで……ねぇ」
「言いましたよね、菅原さん。研究費」
「はいっ、これ以上は一切言いません」
口元にジッパーを下ろすジェスチャーをして静かになる菅原を見届け、悠斗は改めて自分のスマホの画面に視線を落とした。
ロック画面に映る無防備な寝顔で抱きついてくる瑠衣と困惑しきった自分。
以前ならただの記録写真だったはずなのに、不思議と今は彼女の笑顔が少しだけ可愛く見えた。




