62 執事とメイドの文化祭デート(2)
後輩男子に連れられ着いた教室は悠斗たちが、普段使用しているフロアの一個下の階。
普段会わない一年生が多く嫌でも注目を集めてしまう。
「お嬢様大丈夫ですか?」
「問題ない。慣れてるわこういうの」
気丈にふるまっているが悠斗には瑠衣の手が少し震えているのが目に入った。ここに来るまでの間でも彼女の不自然な行動があり悠斗としても、どこで指摘しようか迷っていた。
「着きました、ここが教室です。是非ゆっくりしていってください」
案内された教室は人の往来が激しく人気店のようで、店員をしている生徒たちも右往左往している。そんな中に月若華凛を連れてきてしまい申し訳ない気持ちだ。
「えぇ! つ、月若さん! どうぞお先に買ってください」
「大丈夫よ。私も並ぶから」
「しかし……っ」
「今は東京勇阿学園の二年生だから。月若は関係ないわ」
毅然とした態度でそう言い放つと慌てふためく一年生の店員をよそに、瑠衣は静かに列の後ろへと並んだ。
だが、すぐ後ろに控える悠斗の目にはぎゅっと握られた彼女の小さな手が見える。流石にこれは緊急事態であると悠斗は隣から大きな声で話かけた。
「お嬢様。昨日のことで週刊誌の方からインタビューがあるそうです。対応をお願いしてもよろしいですか?」
「……聞いてないんだけど」
悠斗が耳に着けたインカムを叩いて見せると瑠衣は不安そうな顔を見せた。それは事前に共有されたものにはない予定だ。
「申し訳ございません。突然入ってきたものです」
「わかった。内容を考えとくから」
「時間はございますので、昇降口までの導線上にある商品をテイクアウトしましょう」
悠斗としても適当についた嘘なので、当然怪しまれるがここは上手く誤魔化せたようだ。瑠衣に気付かれないようにスマホを取り出し月若家の送迎車を駐車場まで手配した。
昇降口に向かい靴を履き替える時には両手にたくさんのビニール袋を手にしていた。中にはワッフル、ポップコーン、りんご飴がご厚意として大量に入っている。
「お嬢様こちらへどうぞ」
昇降口出てすぐの駐車場にまで瑠衣を案内すると、送迎車の扉を開け中に招き入れる。悠斗も車に入り瑠衣の隣に座ると、運転席に会釈をし外に出てもらう。車内には悠斗と瑠衣の二人になる。
「瑠衣さん。お疲れ様」
「ありがとう。それで、週刊誌からのって」
「あれは嘘」
あっけらかんと言い放った悠斗に、瑠衣はぽかんと口を開けぐうの音も出ないといった様子で固まった。華凛の顔をしたまま目を丸くし、数秒遅れて「……え?」と小さな声を漏らす。
「少し休憩しよう」
悠斗はリクライニングを深く倒しスマホを触り始める。「華凛と大和が二人で構内を回り始めた」「教員にまぎれた日ノ内の護衛と客にまぎれた月若の護衛、三十人体制で警備をしている」という二件の連絡が届いている。順調に言ってるようで悠斗も腕を伸ばした。
「机は座椅子の隣のボタン押せば自動で出るようになってるから。あとは」
「……」
「瑠衣さん?」
隣で反応がない瑠衣を確かめるため、顔を覗き込むと彼女は拳を強く握り俯いていた。
「私、やっぱり華凛様の代わりにならなかった。だからここに連れ出したんでしょ?」
「いや? さっきも言ったけど俺が疲れたから少し休――」
「嘘。悠斗くんがあれくらいで疲れるわけない。私の行動がダメで、このままだとバレる可能性があったからでしょ」
悠斗としては彼女の心労を気遣い、この対応をとったつもりだったのだが勘違いをされてしまった。これには悠斗も内心深い後悔をしてしまう。
「こんなこともできないなんて。日ノ内のメイドなのに。『人質』でもちゃんとできるところを証明したかったのに……」
その声は震えていて、拳は爪に食い込むほど強く握りしめられている。呼吸も次第に荒くなっていく。
普段は冷静で優秀なメイドとしての彼女から、劣等感と焦燥感が一気に溢れ出した瞬間だった。
「違いますよ、瑠衣さん」
悠斗は瑠衣の両手を包むように握りしめた。それは彼女の不安や後悔を払拭しなければという自然に手が動いたものだった。
「俺が連れ出したのは、瑠衣さんが失敗したからでも不満があったわけでもありません」
「じゃあなんで」
「あなたが月若華凛ではないから。外見をどうしようとあなたは富士見瑠衣だから」
悠斗の言葉に顔を上げる瑠衣の瞳には、悠斗の顔が歪んで映っている。流れ落ちる涙に向かいハンカチを取り出すと軽く当ててあげる。
「『日ノ内のメイド』『東京勇阿学園の優秀生徒』そして――『富士見家の子供』」
「……っ」
「いくら三足の草鞋を器用に履き馴らすあなたでも、月若の……五大財閥の肩書きを背負うのはそう簡単ではないよね」
彼女が向けられているものは、「五大財閥の一角月若家の令嬢」という肩書き。
そこには期待、羨望、好奇、嫉妬、偏見、媚態。乗せられる感情が人それぞれだ。
彼女の言動の一挙手一投足は人を動かす絶対的な力を持ち、周りは自然と顔色を伺うことになる。
今まで無関心だった自分へそんな視線が向くことは普通の人間であればパニックを起こしてしまう。注目されるという高揚感から緊張、強迫観念で自分を喪失してもおかしくなかった。
「瑠衣さん、少し手が震えていた。それなのにここに来るまでの間、『月若華凛』として毅然と振る舞おうとしていた」
「……それが私の仕事だから」
「それは普通出来ないことだから。大丈夫。瑠衣さんはちゃんと仕事を全うしている。」
「……ほんと?」
「本当だよ。今は少し休もう、ほら横になって」
後部座席に彼女を寝かせると悠斗はブランケットをかけ、扉に手を掛けた。
「運転手の人と話すから、少しの間外出るね」
瑠衣が腕で顔を覆い止まらない涙を隠す姿を見て、悠斗は気を遣いあえて車内から出て行った。
この涙では月若華凛としてのメイクは落ちてしまうかもしれないが、悠斗はそれでいいと思った。
せめてこの車内の中では富士見瑠衣でいさせてあげたかった。




