60 執事と文化祭一日目(3)
朱莉と駄弁りながらの一時間の休憩時間を終え、教室に戻ると瑠衣がテキパキと指示を出していた。
廊下に並ぶ列も短くなったとはいえ、列ができていることには変わりない。
「休憩交代するよ。復帰するから」
「マジか助かるー! じゃあこれ!」
クラスメイトに声をかけると渡されたのはピンクのインスタントカメラ。確かお客様にサービスとしてチェキをプレゼントするためのものだ。
「すみませんー!」
テーブル席に座るピンクのクラスTシャツを着た女子集団に悠斗は声をかけられる。悠斗は急いで駆け寄るとおいしそうにパンケーキを食べている。
「お待たせいたしました」
「チェキを三人分お願いします」
「承知いたしました。ではポーズを――」
「あ、待ってください!」
カメラを構えようとすると手をバッテンにして静止させられる。そのまま女の子たちでスマホを見ながら何か話し始めると、意を決したように頷いた。
「チェキって私たちじゃなくて店員さん……。星原さんのことを撮るのはダメなんですか?」
名乗ってもいないのに名前を呼ばれたことに、思わず身構えてしまう。
「華凛様と星原さんのツーショットが欲しいです!」
「お嬢様と私の写真が、ですか?」
「私たち、お二人のペア推しなんで……!」
「は、はぁ……」
ペア推しと言うものが悠斗はわからなかったが、目の前の少女が華凛と自身の写真を求めているということは理解することができた。「お客様」のお願いであれば悠斗としても断ることができない。
「私がなんだって?」
どこからともなく現れた華凛と瑠衣が座席の後ろに立っていた。少しばかり声が大きかったため、注目を集めたのだろう。
「……皆様が私と華凛様の写真が欲しいらしくて」
「珍しいわね。なんで?」
顎に手を当て興味ありげに尋ねる華凛に、女子生徒たちは身を乗り出して答えた。
「凛々しくて可憐なお嬢様とそれを支える優秀な執事っていう漫画みたいな設定」
「綺麗に輝く月とその輝きを彩る星って」
「『月若ペアは推せる!』って一年の中でも話題なんです!」
思わぬ評価とその圧に悠斗たちは、思わず何も反応ができなかった。
月若家の令嬢という立場では、嫌でも目立つのは必然だ。この二人の関係が彼女たちのいう「推し」の対象になるとは、悠斗たちは微塵も思ってはいなかった。
「へぇーなんか面白いわね。悠斗撮るわよ」
華凛は乗り気で悠斗の方に近づくと片手で顔の横に小さな半円――ハートの片側を作るようなポーズをとってみせる。
「なんですか?」
「あんたもポーズ! 右手でサムズアップしなさい」
促されるまま、悠斗は言われた通りに親指を立てた『グッド』のポーズを作ってみせた。
「それを私の手に近づけなさい」
「こ、こうですか」
女子生徒たちから「きゃー!」「尊い……!」と歓声が上がる中、シャッターの音が鳴り写真が押し出されてくる。それを嬉しそうに女子生徒たちが手を取る。
「あと二枚ね? どうする」
「それなら次は富士見さんと星原さんでお願いします!」
突然の名指しに瑠衣は硬直する。それは悠斗も一緒で目の前の彼女たちがこちらのことに、やけに詳しいのもあり思わず警戒してしまう。
その警戒心は顔に出てしまっていたのか、脳天にチョップが落ちる。
「悠斗、顔。警戒心解きなさい」
「申し訳ございません。私と瑠衣さんの写真が外部の手に渡るのは問題かと」
「大丈夫よこの子たちは。私の勘が大丈夫と言ってる」
「……しかし」
「瑠衣の存在は五大財閥しか知らないはず。もし流出しても『日ノ内の学校で仲良くなった子がたまたまそこのメイドだった』で通せるわよ」
華凛と悠斗が小声で交わす会話の横から、我に返った瑠衣がすっと割って入ってくる。
「悠斗くん、お客様をお待たせするわけにはいかないから……」
「あ、ごめん」
悠斗が素直に謝ると、瑠衣はどこかぎこちない動作でカメラを華凛へと手渡した。
「じゃあ、私が撮ってあげるわ。はい、二人とも並んで並んでなんかポーズしなさい!」
華凛が面白がるようにして、瑠衣の背中をポンと押して悠斗の隣に並ばせる。
二人で写真に写るのはこれまでで数回ほどあったが、大勢の前で写真を撮られる機会など初めてだ。
それにポーズと言っても悠斗も瑠衣も知識が疎くなにをすればいいのか、皆目見当もつかない。
「ならこうしてほしいです」
女子生徒の一人が、自分の両手で頬を挟み、手のひらで小さな輪っかを作るような仕草を見せてくる。
特別思いつく仕草やポーズもないため、悠斗たちは顔を合わせ頷きそのポーズをとる。
「手、これで合っていますか……? 悠斗くん」
「あ、はい……たぶん、これで……」
頬に自分の手を当てハートを作り瑠衣の隣に立っているという状況に、照れくさくなりながらもカメラの方へと視線を向けた。
「はい、撮るわよー! 3、2、1……」
パシャリ、とフラッシュが焚かれ、静かなシャッター音が響く。
「きゃーーっ! 可愛すぎる……! 尊い、尊いです……!」
「メイドさんと執事さんの照れ顔ツーショット、破壊力がヤバいです!」
接客としてお客様を満足させられたのは誇らしくも思うが、個人としては恥ずかしさが残る。瑠衣も顔を伏せ、目を合わせようとしない。
「はい、じゃあ最後の三枚目は三人で撮りましょ! ほら二人とも、次は私が真ん中だからね!」
二人の微かな空気の変化に気づいているのかいないのか、華凛が満足げに二人の間に割り込んでくる。
こうして悠斗の文化祭一日目は嵐のような大人たちの襲来から一転、落ち着いたクラスの接客で一日が過ぎていった。




