59 執事と文化祭一日目(2)
他のお客もいることに加え、校庭のヘリが迷惑になると言うことで月若家当主たちは早々と帰ることになった。
悠斗は二人をヘリの下に案内するにあたり気になったことを質問した。
「旦那様、奥様。本日は何故このような行動をとられたのですか?」
「純粋に娘や悠斗がお世話になった子たちにも挨拶したかった。それにこのままじゃいけないと思ってね」
「このままというのは?」
「日ノ内との関係よ。世間からの印象のせいで華凛たちは苦労しているじゃない。そろそろ、誤解も解かないとってこと」
長年の怨恨や不仲の噂は大人たちでなく子供たちにも影響を及ぼしている。そもそも月若と日ノ内の関係修復が世間に広がれば、お忍びでのデートなどする必要はないのだ。いつまでも昔のやっかみに執着する必要はないと言うことなのだろう。
「今回のはジャブだ。今日明日のニュースは私たち一色だろう。悠斗たちは文化祭に集中できるだろう」
「そうね。日ノ内のメイドちゃんにもよろしくね」
「承知いたしました。お気を付け下さい」
プロペラが回転とともに上昇していく機体に向かい悠斗は深く頭を下げた。
教室に戻ると一斉に視線が集まるが気づかないふりをして、クラスメイト達の所に歩いていく。
「なんか大変だったね……」
「悠斗疲れただろうから、休憩一時間入ってこいよ」
クラスメイトからの気遣いの言葉に悠斗としても今回は珍しく甘えようと思った。それほど突然の来訪は悠斗にも精神的な疲労を与えた。
「ありがとう。お言葉に甘えて休ませて――」
「それならうちと過ごそうや! ダーリン!」
待ってましたとばかりに目を輝かせているのは、今回の事件(?)の首謀者であろう少女。
「申し訳ないのですが今回は……」
「休んでてええよ? うちは悠斗と一緒におれたらええから」
いつになく真剣なトーンで言ってくる朱莉。その気遣いは大変ありがたいのだが、今回は断ろうとした時思わぬ人物からの横やりが飛んできた。
「行ってきなさいよ? 私はるいるいと働いてるからさ」
「悠斗くんせっかくなら行ってくれば? 朱莉さん三年生で今回ばかりなんだし」
いつもだったら反対して来るであろう二人は、今回ばかりは朱莉の味方のようだ。旧校舎の空き教室で仮眠でもしようと考えていたのだがそれは厳しいようだ。それに他家の令嬢の命令に一使用人に断れるわけもない。
「……わかりました。ご期待に添えるかどうかわかりませんが」
「ありがとうダーリン! ほな行こ!」
喜びに溢れた笑顔で廊下に走り出していく彼女の背中に、悠斗はため息をついてついていくことにした。
校舎の中を歩き回り食べ歩きや展示物でも見るのかと思ったが、案内されたのは旧校舎の美術室の手前の教室だった。扉を開けると中央にある机がくっつけられている。
「ダーリンこれ全部たべて、ええからねー」
指さされた机の上には大量の食べ物が並べられたお皿。唐揚げやたこ焼きなどの揚げ物に、クレープやシュークリームなどのデザートが山のように乗せられている。
「どうしたのですかこれは?」
「ゆうくんのために用意してもらったんよー。ご飯食べる時間も削ると思ったし」
案内されるまま朱莉の正面に座ると口元にたこ焼きが運ばれる、拒否する意味もないため口を開ける。外はカリッとしていて中が熱々で悠斗は隣にあったペットボトルに急いで手を伸ばした。
「あ、ごめん! 火傷してへん?」
「大丈夫ですよ、落ち着いてください」
ウエットティッシュとペットボトルを両手に持ちながら慌てめいている様子は微笑ましく思う。てんやわんやの彼女を落ち着かせ、左手からウエットティッシュを受け取りながら悠斗は答えた。
「大丈夫ですよ。朱莉様」
「ほ、ほんまに?」
上目遣いで恐る恐る尋ねてくる様子は幼少期の彼女のようだ。
月若華凛と水船朱莉の関係は幼少期の頃から深いものだ。華凛の家に遊びに来た朱莉とは、悠斗も顔を合わせ遊び相手になっていた。その時の朱莉は今のような明朗快活とは正反対な性格だ。
どちらかというと華凛の後ろに隠れる彼女を、悠斗が手をひいてい華凛と交流させるという構図だった。
「な、なに? じっとみて……」
「昔のようだなと思いまして。他の方と同様に大きく変わりましたから」
年がたち彼女の身長が伸びるにつれ、性格も大きく変化していった。陰に隠れていたあどけない少女は、まるで華凛のように明るくなっていった。
「……変わろうとおもったから。でもゆうくんは変わっとらんね」
「そうですか? 自分ではよくわからないのですが」
「うん。……困っていることがあったら颯爽と現れて手を差し出してくれる。ずぅーっとカッコいいよ、ゆうくんは」
そう言って朱莉は少し照れくさそうに真っ直ぐな瞳で悠斗を見つめてきた。
普段はダーリンと悠斗のことを呼び、周りではお調子者のように振る舞っている女の子は息をひそめている。
「それが執事の仕事ですからね」
「も、もしさ! 例えばね? うちが、瑠衣ちゃんとか他の子みたいに、普通の子だったらゆうくんは仲良くしてくれた?」
「……昔の私では難しかったと思います。でも今だったらできますね」
月若家の執事ばかりで余裕がなかった頃には他人など興味がなかった。でも今では星原悠斗としての人生を考える余裕ができてきた。
「そっか……。まぁ例えばの話してもしゃーないな。ほら食べ」
「わざわざありがとうございます。いただきますね」
朱莉はいつもの明るい笑顔を取り戻すと、次々と差し出していく。悠斗は差し出された料理を口に運び、束の間の穏やかな休息を満喫するのだった。




