56 執事とメイドの進展
カーテンの月明かりが暗闇の室内に差し込む。
瑠衣は「ご自由にお過ごしください」と言い寝室に戻っていってしまった。
部屋の中には悠斗だけ。ここは瑠衣の家なので好きな行動ができるわけでもない。用意してもらった布団に入り目をつぶってみても、眠れる気がしない。
「……悠斗くん、眠れないですか?」
「そうですね。いつもは夜遅くまで業務がありますので」
寝室の方から瑠衣の声が聞こえてくるので悠斗は意外に思いながらも声を返した。彼女から眠ると言っていたので、早々に床に就いたと思っていたがどうやらその見当は外れたようだ。
「少し話しますか。あの夏のように」
寝室からパジャマ姿でぬいぐるみを抱えた瑠衣が出てくる。あくびをしていて本人は眠そうだがこちらにを気を使ってかソファに腰を掛ける。
「この時間にはもう寝ているのですか?」
「はい。私は朝弱いので」
確かに夏休みにヴィラで一緒に過ごしたときは、彼女はなかなか起きる様子がなかった。
「敬語を外して話そ。これからは」
「急で……だね。なんで?」
「悠斗くん、敬語の時と敬語じゃないときの使い分けが大変かなと。だから、私と話すときはずっと」
「まぁ、たしかにね」
クラスメイトや学校の人の前ではため口で、お嬢様たちの前では敬語に直すというのは少し手間だなとも思う。その提案は悠斗としても統一できるのでありがたい。
「ならそれで決定で」
そう言って瑠衣はぎゅっとぬいぐるみの頭を撫でながら、ソファの上で小さく膝を抱えた。
「じゃあ、改めて……。瑠衣、今夜は急に泊めてくれてありがとう」
「……うん。どういたしまして。でも、別に感謝されるようなことじゃないよ。私がそうしたかっただけだから」
敬語の彼女とため口の彼女は全く別人の印象を抱く。普段は冷静な仕事人と言う印象を抱くが今は違う。どちらかと言うと華凛や朱莉のような接しやすい感じだ。
「悠斗くんってなんか変わったね。前はピリピリ? というか緊張感があったから」
「……そうかな?」
「なんか遊園地一緒に行った後から、話しやすくなったかなって」
悠斗にとって瑠衣と行った遊園地の下見はたしかに、自分を変えるきっかけになった。自分を見つめなおし月若以外のものにも興味を持てるようになったのは彼女のお陰だ。
「瑠衣さんに言われて、もっと自分のこと考えてみようと思えたから」
「私のお陰なんだ? ふーん」
「そうだね。ありがと」
布団から少し体を起こすと、月明かりにあたる瑠衣の顔は真っ暗の中でも赤くなっているのが分かる。瑠衣はそっぽを向くと、抱えたぬいぐるみで真っ赤になった顔を半分隠してしまった。
「悠斗くんは私のことも変えてくれたから。私でも悠斗くんみたいな人にも影響与えられるんだ」
「瑠衣さんはすごいよ。それはこれまでの仕事内容を見ればわかるよ」
「私も最初は義務的だったんだけどね」
そもそも彼女は「人質」として日ノ内のメイドになっていてそれは家族のためという義務的なものであったはず。そんな過酷な境遇にありながら、主の命令とはいえ自分とのデートの下見に真摯に付き合い、月若のご令嬢とも関係を築いている。
「今のこれって仕事で人質だけどさ……なんか楽しいんだよね今は。華凛様や朱莉様が無茶なことしてそれに振り回されるって、他の人から見たら大変だと思われるんだろうけど。今は楽しい」
家族のために自分を殺し、ただ義務としてここにいるはずだった彼女が、「楽しい」と口にしてくれたこと。それは同じように自分の人生のすべてを月若家に捧げてきた悠斗にとって、何よりも救われる言葉だったのかもしれない。
「そっか。……うん、そうだね。二人とも本当に無茶苦茶だけど、不思議と退屈だけはしない毎日だから」
「ふふ、本当にね。でも、私がそう思えるようになったのは、間違いなく悠斗くんがいてくれたからだよ」
瑠衣はソファの上で少しだけ体を乗り出し、じっと悠斗を見つめてくる。
「前泊まった時も言ったんだけどさ。同い年の男の子があんなに頑張ってたら私も頑張りたいなって。カッコよかったらさ。悠斗くんが」
心臓がうるさいほどに脈打ち、顔がカッと熱くなっていくのが自分でも分かる。それは前も何度か起きた形容しがたい感情。
そんな悠斗の内心の動揺には気づいていないのか、瑠衣はあくびをするとソファから立ち上がった。
「ごめん、ちょっと眠くなってきたからベッドに戻るね」
「うん、おやすみなさい」
バタン、と静かにドアが閉まり、リビングには再び悠斗一人だけが取り残される。
静寂が戻った暗闇の中、悠斗は熱を持ったままの顔を手で覆い、ゆっくりと布団に横たわった。
翌朝、目が覚めたのは朝の六時だった。
悠斗はいつも通りテキパキと身支度を済ませる。このまま家に居続けるのも申し訳ないので、朝一で出て行こうと考えていた。
「おはよー悠斗くん、もうでる?」
寝室から出てきた瑠衣は寝ぐせがついており寝ぼけた様子で目をこすっている。
「うん。お嬢様が心配だし」
荷物をまとめて玄関に向かうと、瑠衣も後ろをとぼとぼとついてきてくれる。
まだ眠そうな彼女を起こしてしまい申し訳ないと思いながらも、悠斗は玄関のドアノブに手を掛けた。
「それじゃあ、お邪魔しました。瑠衣さん、いろいろとありがとう」
「悠斗くん、またね。文化祭、頑張ろうね」
「うん、それじゃあ」
小さく手を振る瑠衣に答えるように悠斗も返し、名残惜しくも玄関扉を閉めた。




