54 執事とメイドのお泊り決定
「――では、当日の警備と変装の段取りはこの形で、他の方々にも話を通してみます」
「よろしくお願いします。こちらからも、月若の護衛たちに共有しておきますね」
二人での会議はトントン拍子に進んでいった。
最終的な結論としては、「主たちにそれぞれ使用人への特殊メイクで変装を施してどうにか合流させ、二人きりの時間を作る。その間の周囲の警戒とカモフラージュは、日ノ内と月若の共同で執り行う」という形にまとまった。
ノートパソコンをパタンと閉じ、ふと窓の外に目を向けると、いつの間にかすっかり日が沈んで夜の闇が広がっていた。
それを見た瞬間、悠斗は非常に重大なことに気がつく。
「あ、宿……」
会議に熱中するあまり、肝心の今夜の寝床を確保するのを完全に忘れていたのだ。
スマートフォンの通知を確認しても、月若邸の人たちから連絡は一切入っていない。今夜は家に帰れないことだけは、依然として確定している。
「……どうされましたか?」
先ほどのぬいぐるみを胸元に抱えたまま、瑠衣が不思議そうに首を傾げて聞いてくる。大丈夫かと言われれば、あまり大丈夫ではない。
「荷物をまとめて出てきたものの、宿を取り忘れてしまって」
「邸宅の方には?」
「もどれませんね。たぶんへそを曲げているかと」
「なるほど」
瑠衣は納得したように小さく頷くと意を決したように悠斗を真っ直ぐに見つめてくる。
「でしたら、今夜はここに泊まっていかれますか?」
「え?」
想定外の提案に、悠斗はスマートフォンの画面を見つめたまま指を止めた。
「あの、瑠衣さん。お言葉ですが……」
「今から宿を選びそこに移動、夕食の準備をするとなると大変ではありません。こ、これは仕方ありません」
「そうかもしれませんが、流石に……」
「あなたは日常の疲れをとるためにもう少し休むべきです。それに、その……」
瑠衣はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめ直すと、今度は蚊の鳴くような声でボソリと付け加えた。
「夏休みには同じベッドで寝ていますから……悠斗くんなら私は問題ありません」
提案をしてくれた彼女の顔はよく見えないが耳が真っ赤なのを悠斗も確認できる。この提案は大変ありがたくもあるが、流石に色々な問題があるといくら悠斗でも分かっている。
「ご提案は嬉しいの――」
「謙遜は時に失礼にも当たりますよ」
遮るように紡がれたその言葉は悠斗にとって図星だ。いくら待ってもスマホに連絡がこない中で宿探しの労力を考えるのであれば、今はこの判断が得策なのかもしれない。
「分かりました。では、お言葉に甘えて今夜は一晩、お世話になってもよろしいでしょうか」
「はい、それでは夕食の準備をいたしますね」
そう答える瑠衣の声はわずかに弾んでいるように聞こえた。彼女は抱きしめていたぬいぐるみをソファにそっと置くと、すくっと立ち上がる。
「悠斗くんは突然のことでお疲れでしょうから、そこで休んでいてください」
「さすがに、人の家に泊めていただいて何もしないわけにはいきません。手伝いますよ」
「この前のパジャマパーティの時にかなり無茶を言ったので今回は私の番です」
そう言って、瑠衣は頑ななまでに悠斗をソファに座らせ直した。エプロンを身につけるためにキッチンへ立つ瑠衣のことを思わずじーっと眺めてしまう。
「えーっと……なんですか? 何かおかしいですか」
「いえ? 綺麗だなと思い見惚れていました。瑠衣さんの家庭的なところを見るのは初めてで」
「……っ!!! 本当にあなたは!」
そう叫ぶと瑠衣は真っ赤になった顔を隠すように、バッとキッチンの陰に身を隠してしまった。
「毎回思うのですが、なぜ恥ずかしげもなくそんな直接的に」
「……? お嬢様や奥様からの教えです。プラスの感情は表に出すべきだと」
悠斗は幼い頃から月若家の女性陣と過ごしてきた。服装だのメイクだの外見については、変化に気づき次第すぐに褒めるよう徹底した指導を受けている。そのため、悠斗としては全く悪気がない。
キッチンの壁の向こうから、じっとこちらを睨む気配が伝わってくる。
瑠衣は手にしたお玉を軽く握りしめ、赤みの引かない頬を膨らませながら、不満そうに口を尖らせた。
「それはあの方々だけにした方がよろしいと思います。他の方にしていらぬ勘違いをさせてしまいますよ」
「勘違いが何かわかりませんが……。うーん」
「……本当に、ずるい人ですね」
呆れたような様子で溜息を吐くと、瑠衣は今度こそ完全にキッチンの奥へと引っ込んでしまった。
悠斗はソファの背もたれに身を預け、キッチンから漂い始めた出汁の優しい香りに包まれながら静かに目を閉じた。




