52 執事とメイドの洋服決め
「星原ー。当日の提供メニューってどうすんだっけ?」
「それは今、委員長たちが決めてくれてる。今日中に決めて、食材は月若のルート経由で発注する予定かな」
文化祭まであと一か月。
いつもの旧校舎でのまったりとした時間は、今や文化祭の準備期間に充てられていた。華凛はこれに不満たらたらではあるものの、そこは「学校行事だから」と割り切って率先して集まりに参加してくれている。
「マカロンとか甘い系? ケーキスタンドとかにのせるか」
「そんな感じかな。……お嬢様。普段、月若の屋敷に来てもらってるパティシエを当日お呼びしようと思うのですがどう思いますか?」
悠斗がさも真面目なトーンで言うと女子グループの中心にいた華凛は立ち上がり抗議をしてくる。
「却下よ! どこの高校の文化祭で、フランスの名門パティスリーから一流パティシエを派遣してもらうのよ! アホ!」
お嬢様の即座のツッコミに、教室にいたクラスメイトたちの笑い声が響く。このやり取りはここ最近の鉄板のものになっている。
「てか、そっちは何やってんの女子たちでそんな集まって」
「当日の服決めてんのよー。どういう服にするか」
悠斗と一緒に話していた男子生徒が声をかけると、女子たちが手元の資料を見せてくれた。それを見ようと、悠斗たちも女子の輪の中へ近づいていく。
並べられた机の上には、色々な生地のサンプルと、数種類のメイド服・執事服の写真が印刷された用紙が置かれていた。
「メイド服って、なんか色々種類があんの?」
「そうだね。フレンチ、ヴィクトリアン……。あとは現代のサブカルチャーに沿った和風メイド、チャイナメイド、ゴシックメイド、ジャージメイドなんかもあるよ」
尋ねてきた男子に、悠斗がすらすらと解説を加える。
本来、後半に挙げたようなコスプレ寄りのメイドなど、プロの世界には存在しない。だが、「かっちりしすぎても面白くない」「せっかくの文化祭だし」という女子たちの意見の元、色々と候補を集めているようだ。
「お嬢様、車に戻り衣装を数点お持ちいたしましょうか?」
「うんよろしくー。とりあえずメイド服だけでいいから」
「承知いたしました」
そう言ってスマホにメッセージを入れ車に戻った。
「お待たせいたしました」
悠斗は車から四つの大きなスーツケースを、両手に二つずつ軽々と携えて教室へと戻ってきた。さっきまで教室のあちこちで分散して話していたはずのクラスメイトたちは、一箇所に集まり今か今かと悠斗の帰りを待ち構えていた。
「おっけー。机の上どけるわね」
綺麗に片付けられた教卓や机の上に、悠斗は持ってきたスーツケースを並べて広げていく。その中にはバリエーション豊かな数種類のメイド服が美しく収められている。
「いいわね。せっかくだから試着したいんだけど……」
華凛が腕を組みながら周りを見渡していくと一人の女子と目が合う。それは確かに普段からメイド服を着慣れている、悠斗の友人でメイドの女の子。
「瑠衣。お願いしていい?」
「私ですか」
その意外な人選にクラスメイト達は驚いてしまう。
「なんか似合いそう。せっかくの機会だしどうよ?」
「……分かりました。ではこの服を着てまいります」
選んだのはヴィクトリアンスタイルのメイド服。これは瑠衣が日ノ内で来ているものと似た種類のものだ。それを手に取ると瑠衣は教室を出て女子更衣室に向かっていった。
「大丈夫なんか、あれ。富士見がメイド服って」
「そうだよね瑠衣ちゃんがそういうの着るイメージ全くないんだけど」
クラスの男子たちの心配そうな声に、悠斗は心の中で苦笑する。確かに彼女の裏の顔を知らなかったら悠斗も同じリアクションしていたと思う。
「てかよくよく考えるとこれ、かなりやばい?」
いつの間にか華凛は悠斗の近くに近づき誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいた。
「まぁ……。あちら側の人間に月若のものを着させるというのは、世間的にはよろしくありませんね」
華凛は爪を噛みながら苦い顔をする。
日ノ内のメイドが、月若のメイド服を着るというのは背徳行為と受け取られてもおかしくない。事情が事情だけに少しまずいような気もする。
「そういえば瑠衣さんって顔は割れているのですか? 私はだいぶバレているでしょうけど」
「……バレてない、と思う。あっちはそういうの嫌うからね」
「そうですね。私たちと考え方は大きく違いますから」
「今回はクラスの文化祭だし、そこまで深く考える人がいるとは思えないけど……」
華凛はそう言って、少しだけ視線を伏せた。その後に何か言いたそうな顔なのを悠斗はすぐに察した。
「何かございましたら私が動きますよ。日ノ内や月若関係なく」
「瑠衣は私たちのお気に入りだから何もないと思うけど。まぁ、なんかあったら頼むわ」
「勿論でございます」
悠斗がそう言って華凛を安心させるように微笑むと、ガラリ、と教室の引き戸が静かに開いた。
「――お待たせいたしました」
その瞬間、ざわついていた教室が一気に静まり返った。
漆黒のロングスカートに、仕立ての良い純白のエプロン。厳かなヴィクトリアンスタイルのメイド服姿はいつものセーラー服の時とは大きく違う。悠斗としても最近は学校でのセーラー服に慣れてしまったので、改めてまじまじと見てしまう。
「お、おい……マジかよ……」
「めちゃくちゃ似合ってるっていうか、クオリティ高すぎでしょ……!」
イメージにないと言っていたクラスメイトたちが、その圧倒的な「本物感」に息を呑む。
そんな中、瑠衣は表情一つ変えずに悠斗の前まで歩み寄ると、スカートの裾を軽く持ち上げ、完璧な角度でお辞儀をして見せた。
「いかがでしょうか、悠斗くん。本物の執事さんから見た私の姿は」
淡々とした声色。だけどどこか挑発的な上目遣いでそう問いかけてくる。
「所作も姿勢も洗練されてる。とても素敵だ。ただ――」
悠斗は衣装のヘッドドレスのズレを直すかのように、自然な動作で瑠衣へと一歩近づく。そして、周囲には衣装をチェックしているように見せかけながら彼女の耳元で、誰にも聞こえない声で囁いた。
「渋谷で初めて会ったときは綺麗だと思いましたが……今はそれ以上に可愛らしく思えます。未経験のかたでも月若は歓迎していますよ」
「っ……」
完璧な執事としてのトーンで返された予想外の熱い言葉に、それまでポーカーフェイスを崩さなかった瑠衣の眉がピクリと跳ねた。
逃げるように悠斗のもとを離れると華凛たちの方にまで走っていってしまう。
その耳は赤く染まっていた。




