51 執事と告白
「お嬢様、私は用事がございますの。すこし席を外してもよろしいですか」
「え、なにそれ? 聞いてないんだけど」
旧校舎の美術室にいつも通り華凛を送っていくと、悠斗は立ち止まり声をかけた。
「すみません。他クラスの方に声を掛けられまして放課後会う約束を」
六限目の前の時間。廊下を歩いていたところ、隣のクラスの女子生徒から急に声を掛けられた。
「女?」
「はい、女性のかたですね。お嬢様でなく私に話がある用で」
「いやそれって……」
話を聞いていた大和がこちらに話しかけてくる。その顔はいつもより口角が上がっている。対して隣にいた朱莉は非常に不快な顔をしている。瑠衣は用事があるからとここにはいない。
「場所は?」
「この旧校舎の近くという話になっております」
「わかったいいわよ。終わり次第すぐに戻ってくるように」
「承知いたしました。それでは行ってまいります」
主人の許可も得られたので悠斗は颯爽と美術室を後にした。
呼び出されたのは旧校舎のすぐ近く。普段は中の美術室に常駐しているがこうやって外観を見る機会は少ない。
それに人出が少ないので何かあった場合の対応を脳内シミュレーションをしていると、セーラ服を着た女子生徒が立っている。
金髪で耳にピアスを付けた女の子。同じ金髪でも彼女は染めているのだろうか華凛のものと大きく違っている。
「お待たせ」
悠斗が声をかけると、背を向けていた女子生徒が肩をびくりと揺らし、大慌てで振り返った。
「星原くん、わざわざ来てくれてありがとう!」
悠斗の両手を握りしめ、上目遣いで悠斗を見つめる彼女。
周辺に他の人間の気配はなく、スカートのポケットあたりには不自然なふくらみもない。事前に脳内でシミュレーションしていた不安はなさそうだ。
「えっと……俺に何の用かな?」
悠斗としてもこの状況を早く切り上げたほうがいいと判断したため、話を彼女に振る。
「好きです、私と付き合ってください」
「あ……はい」
顔を真っ赤にして思いを伝えてくれた目の前の彼女には申し訳がないが、悠斗の頭の中は?でいっぱいだった。
彼女とは話したこともないし、顔も合わせたこともないのに好きだと思いを伝えてくれた。
それなのになぜ自分のことを好きになってくれたのか。
「月若さんのことにも気を遣えて、周りに気を遣えて。そんな一生懸命なところがカッコいいなって……」
そもそも付きあうとはなにか。それは華凛と大和の関係のようなことで。
自分がそれと同じようなことを目の前の彼女と? その姿は申し訳ないが想像することができない。
「……ごめんなさい。気持ちはとても嬉しいけれど、そのお付き合いには応えられない」
悠斗は真っ直ぐに彼女の目を見つめ言葉を返した。自分のどこを見て好意を抱いてくれたのかその理由は分かった。
だけども思いを持っていない自分が付き合っても彼女を不快にさせてしまう。そんな気がする。
「星原くん……。やっぱり月若さんのお仕事が」
「それもある。……でも、それ以上に中途半端な気持ちでお付き合いして、君の時間を無駄にすることはできない」
「そんなことはない! 月若さん優先でもいい! それに付き合った後に好きになってくれるでもいいから!」
彼女の必死な訴えが、静かな旧校舎の裏手に響く。そこまで言わせるほど彼女の想いは真剣なのか。
この思いに悠斗の心は揺らいでしまう。断ることは決まっているのだがどう切り上げるべきかわからない。
「ありがとう。本当に光栄なことだと思う。でも、ごめんなさい。あなたの想いには応えられません」
「……そっか。ありがとう」
彼女は無理に笑顔を作って小さく一歩下がった。
「急に呼び出して無理なお願いしてごめんなさい! ……伝えて、本当によかった。ありがとう!」
泣き顔を見られたくないのか彼女はそのまま背を向けると、校門の方へ一目散に走り去っていった。
それと同時に見計らったように電話がかかってくる。それは普段のプライベートのスマホの方。
「……お疲れ様です。どうされましたか」
『旧校舎周辺は監視カメラがあります。死角にならないように配置しており、音声もすべて録音済みです』
瑠衣の声は淡々と事実を述べるように言う。悠斗もそれには苦笑いしてしまう。
「なるほど。では本日のこの部分の削除をお願いします。お金がかかるのであればこちらが払います」
『そのように。それと大和様たちがお待ちです』
「わかりました。すぐに向かいます」
通話を終えスマートフォンをポケットにしまいながら、悠斗は深い溜息を吐き出した。
いつもより重い足取りで美術室に戻ると、財閥のご令嬢たちは不機嫌な顔をしている。
用事があるからとさっきまでいなかったはずの瑠衣もいつの間にか、大和の後ろに立っていた。
「結果は分かってるけど一応報告して」
「告白をされお断りをしました。以上です」
「うーん……」
「なにか、納得いっていないご様子で?」
悠斗が尋ねると、華凛はむすっとした顔のまま、机の上で頬杖をついた。
「別に。告白されるだろうというのも分かってたし、断るだろうなとは思ってた。ただね……」
「ただ?」
「なんかムカつく」
「……理不尽なぁ」
悠斗は内心でやれやれと首を振る。
すると華凛の隣にいた朱莉が、腕を組んで冷ややかな笑みを浮かべながら身を乗り出してきた。
「ほんまそれな! うちのダーリンなのに」
「朱莉様のものではございませんよ」
二人の容赦ない言葉の銃弾を浴びながら、悠斗は救いを求めるように大和へと視線を向けた。目が合うと「……あはは」と鼻を搔いている。
「女性陣三人がずっと不機嫌でね大変だったんだよ?」
「お嬢様に、朱莉様に……。瑠衣さんもですか?」
悠斗が少し意外そうに視線を向けると、大和の後ろに控えていた瑠衣は淡々と答えた。
「悠斗くんとは業務上一緒に出掛けることもございますから。そこを見られたらかなり、面倒くさいことになります」
「なるほど。それは……すみません」
「……ですが」
瑠衣はそこで一度言葉を区切ると、感情の読めない相変わらずの瞳でじっと悠斗を見つめてきた。
「私、個人としても悠斗くんが誰か他の人といるのは……少し嫌です」
「ほら見なさい! るいるいだって怒ってるじゃないの!」
華凛がここぞとばかりに机をバンと叩いて立ち上がる。
「謝りなさい」
「悪いことをしていないのですが……」
部屋内を改めて見渡すと女性陣からの不機嫌な視線。大和もこれには謝ったほうがいいとジェスチャーをしてくる。
「……申し訳ございません」
こんな理不尽に答えるのも月若家の執事の仕事かと、顔に出さないよう頭を下げた。




