49 執事とメイドのパジャマパーティー(3)
華凛の挑発的な視線に残りの三人は顔を合わせてしまう。
悠斗としても「異性の好みのタイプ」という質問の答えはすぐに出てこない。
「じゃあまず、朱莉から」
「う、うち? うーん……」
朱莉はフードで顔を覆いながらいつもより小さな声で口を開いた。
「……家のこととか関係なく、うちのことちゃんと見てくれる人。一人の女子として扱ってくれる……人かな」
「へぇー……」
「あー!!! 今のなし!」
華凛がニヤニヤとした笑みを浮かべ、ベッドの上で小さくなっている朱莉をじっと見つめる。
「まぁいいわ。じゃあ次は……るいるい、あんたの番よ」
「えっ、わ、私ですかっ!?」
急に矛先を向けられた瑠衣が、ウサギの耳フードをぴょこんと跳ね上がらせた。もこもこの袖で顔を半分隠しながらおろおろと視線を泳がせる。
「私は……まだわかりません」
「あら、逃げる気?」
華凛が意地悪そうに目を細めると、瑠衣はますます顔を真っ赤にして袖をぎゅっと引っ張った。
「に、逃げていません! 本当に、そういうこと勉強中で……。ただ、その……」
「そのー?」
「お父さんみたいな人ですかね」
思春期のこの時期に「お父さんみたいな人」と即答できるのは、相当家族仲がいいのだなと悠斗は感心してしまう。瑠衣が日ノ内に働きに来たのは家族の借金が原因だと聞いていたため、てっきり不仲なのだと思い込んでいたがどうやらそんなことはないらしい。
「信じられないんだけど……」
「親父みたいなんいっちゃん嫌なんだけど……」
華凛と朱莉の二人は、それぞれ呆れと戦慄の混ざった表情で瑠衣を見つめている。
年頃の女子としてはこれが普通の反応だろう。
「なんか具体的に! 私たちも分かるように」
華凛がベッドの上で身を乗り出して追及すると、瑠衣はウサギのフードを取って答えた。
「そうですね……。人に優しくて仕事に誇りを持っていて……たまに少し抜けてる。それいて私が素で入れる。そんな人ですかね?」
「ふーん、なるほどね」
華凛が呆れたようにそう呟き、チラリとソファの悠斗へと視線を向けた。
「ん、なに?」
「なんでもなーいー。次はあんたの番よ。好みのタイプ」
華凛がコホンと一つ咳払いをして、仕切り直すようにソファの悠斗をビシッと指差した。クマ耳フードの奥の瞳がいかにも楽しげに、そしてどこか挑戦的に細められる。
「私の好み――」
「一人称!」
「……俺の好み」
スウェット姿のまま、ソファの背もたれに体を預けて少し視線に下にして考えてみる。
――異性の好み。
ここで求められている「恋愛」としての好きは分からない。でも人間として素敵だなと思うのは……。
「自分のことに頑張ってる人? とか気を使える人……かなぁ?」
悠斗が少し眉をひそめて自信なさげに零したその回答に、ベッドの上の三人は一瞬、ぽかんと固まった。
「……え、それだけ?」
いかにも不服ですと言わんばかりの顔を三人とも悠斗へ向けてくる。悠斗としては真面目に言ったつもりだったのだが、どうやら納得するものではなかったらしい。
「それだけ。俺まだ好きとかわかんないんで」
「うーん……納得いかない。ムカつく」
「理不尽な」
「質問には答えたからね。ルールはクリアと言うことで」
悠斗は早くこの恥ずかしいタメ口タイムを終わらせようと、回収した割り箸の束を再び三人の前に突き出すのだした。
◇
王様ゲームの無茶苦茶なゲームはあの後も続き、ガールズトークをするからと悠斗は部屋から追い出されていた。
部屋に戻って明日の学校や今後の業務の為準備をしていると、時刻は二十時をすっかり迎えていた。
「ーーーーーっ! つっかれた!!」
腕を伸ばしながら独り言をつぶやく。座り仕事による眼精疲労と凝り固まった体をほぐすため、立ち上がると今日何度目かわからないノックの音が響く。
「はーい」
部屋を開くと見慣れたうさ耳パジャマの女子が立っている。
「あれ、瑠衣さん? どうされましたか」
「『お嬢様方が三十分ほどで浴場をでる、とのことです。他の使用人含めどうぞー』とのことです」
「なるほど、わざわざご報告ありがとうございます」
「……はい」
用件を伝え終えたはずの瑠衣は、なぜかその場から動こうとしなかった。お風呂上りだからか顔を赤らめながら悠斗の方をもじもじと見ている。
「少しお話しますか? もしこの部屋でよろしけばですが?」
「いいのですか?」
「はい。月若の家の中で日ノ内の方が一人と言うのは何かと気まずいでしょうし」
悠斗が扉を大きく開くと瑠衣はこくりと頷きながら部屋の中へ入っていく。殺風景な部屋で彼女を立たせておくわけにもいかないため、悠斗は押し入れから座布団を取り出して彼女を座らせた。
「月若家のお風呂はどうでしたか?」
「とても気持ちよかったです。あんなに広いお風呂、初めて入りました」
「それは良かった。お嬢様たちはまだサウナですか?」
「はい、私は先に上がらせていただいたのですが……。お二人は今、ヘアケアとスキンケアをされています」
お嬢様の徹底した美意識をふと思い出す。なんでも「女の子はこういう日ごろの努力から可愛くなるの」と言うことらしい。
悠斗が小さく苦笑していると、瑠衣は膝の上で袖を握りしめぽつりと呟いた。
「私……今が信じられないんです」
「……月若の家にいることがですか?」
「それもそうですが。まさかこの人生で月若家と水船家のお嬢様とお泊り会をするなんて、思いもしませんでしたから。この『人質』としての人生で」
瑠衣は静かに微笑んだ。
「普通に生きていれば別世界の人たちですからね。あの人たちは」
悠斗も瑠衣も使用人という立場で近くにいるが、本当は住む世界が何段階も違う人間たち。付き合ったのが世間に流出しただけで日本経済に影響をもたらすような、そんな華麗なる生まれの人間たちだ。
「私は年齢が近いからと、あの方たちの近くに配置されますが不安で仕方ありませんでした。前までは……」
「何か変化があったのですか?」
「あなたです。星原悠斗くんに出会えたから」
不意に紡がれたその言葉に、悠斗は少しだけ目を見張った。
「私、ですか……?」
「はい。私は自分の立場を考えて、いつも『失敗してはいけない』と肩を張ってばかりいました。でも悠斗くんが華凛様の近くで、使用人としての仕事を完璧にこなしながらも、どこか自然体で、対等に寄り添っている姿を見て……」
瑠衣は手元の袖口をそっと指先でいじりながら、恥ずかしそうに悠斗を見つめた。
「そんな悠斗くんがいてくれたから、私も少しだけ、この場所にいていいんだって安心できたんです。……本当に救われました」
彼女の大きな瞳に先ほどまでの「人質」としての陰りはもうなかった。
「……買い被りすぎですよ、瑠衣さん」
悠斗はその言葉が、月若家の人間に褒められた時と同じくらい心に響いた。
執事という目立たないこの仕事が誰かに影響を与えるほどのものがあるのかと、改めて誇りに思えた。
「ですが――友として、富士見瑠衣という素敵な人間の人生に影響を与える存在になれたというなら、それは誇りであり嬉しいことです」
「ちょっと聞こえてるわよアンタら」
いつの間にかドアが開いていてそこには腕を組み仁王立ちの華凛がいる。
「お嬢様、どうしてここに?」
「るいるいが部屋にいないから。いるとしたらここで……。密談のお楽しみ中だった?」
「違います! 朱莉様に聞かれたら」
「朱莉はまだ風呂よ。それより悠斗ホットミルク作ってよ、飲みたい」
あまりにも唐突な主からの命令に、悠斗は小さく息を吐き立ちあがった。
「瑠衣さんの分をも作ります。行きましょ」
「よろしいのですか? 私は……」
「ここは月若の邸宅。今日は『お嬢様のご学友』として招待されているのです。今日ばかりは仕事のことを忘れ素の姿でも問題ありませんよ?」
悠斗が優しく微笑みながらそう告げると、瑠衣はハッとしたように目を見張り、それから嬉しそうにこくりと頷いた。




