46 執事と大和の恋バナ
「聞いたよ、悠斗くん。執事カフェやるんでしょ?」
「はい。流れでそうなりまして」
いつのまにか用意されていたカップを準備しながら悠斗は答えた。
今日の美術室には悠斗と大和だけ。
華凛たちはクラスの女の子の家に遊び行き朱莉は家の用事。悠斗たちはお留守番だ。
日ノ内の息子と月若の執事が二人っきりなど本来許されることではないのだが、二人の関係性と大人からの信頼でそれは許されている。
「静かだね二人きりだと」
「はい。いつもはお嬢様と朱莉様がいますからね」
華凛と朱莉はこの中ではムードメイカーでありトラブルメーカーだ。
話題を振ってくれたり自分の趣味を勧め話を盛り上げてくれる。それと同時に突拍子もないことを言って周りを困らせることもある。だからこそこの静寂は珍しい。
「でも、悠斗くんがクラスの出し物に前向きになるなんて、ちょっとびっくりした。いつもは僕たちの一歩後ろを歩いてくれるからね」
大和はカップに口をつけながら感慨深そうな視線を悠斗に向ける。悠斗なりに気持ちを切り替えたつもりだったがそれは、他の人にもお見通しらしい。
「……自分でも見える世界が少し広がりました。それも瑠衣さんのお陰です」
悠斗はカップを見つめ水面で揺れる自分の顔を見つめる。
「富士見の?」
「はい。この前に遊園地行った時に言われまして。瑠衣さんの今後のことに」
「……聞いたのか」
観覧車の中で告げられた彼女の今後について。
あれは自分自身の今後考えるきっかけになった。
執事しかないと思っていた自分の将来が、まだ色々な可能性があると言うことに気付かされた。
「大和様はなぜ、お嬢様のことが好きになったのですか?」
悠斗の突然の質問にいつも穏やかな顔の大和の顔が、一瞬にして赤くなる。
「急だね、どうしてまた」
「好きになるってことを勉強したくて……。私の生まれからそう言うのには縁がないので」
愛を知らない。
とまではいかないが悠斗としては流れに身を任せたらここまできてしまった人生。誰かを好きになる感覚は疎い。だからこそもっと知りたい。
「そうだね……。僕が華凛ちゃんを好きになったのは中学に上がった時の一目惚れだよ」
「中学ですか。でもその時のお嬢様は……」
「かなり荒れてたね」
中学生になり思春期への入り口だからか、華凛の抑圧されたものは解放された。家のルールは聞かない、許可なく悠斗を連れ回す、禁止されたことをあえてする。その度に悠斗と華凛はこっぴどく怒られていた。
「お言葉ですがあそこに惹かれる要素が……」
「自由で破天荒だけど、それだけじゃなくて周りにも気を遣えるじゃん? それがなんか僕は惹かれて……好きになったんだよね」
「なるほど……」
「ぶっちゃけ感覚参考にならないよね」
「正直に申しますとそうですね」
「これは恋愛に限ったものだけどさ。他にも友愛とか家族愛ってあるじゃん。悠斗くんは命令だから月若の人たちといるの?」
悠斗はカップを机に置き、大和の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
「はい。命令ではなく、私の意志であの方たちのそばにいたいと思っています。あの方たちを守りたい」
「うん、そうだよね。それってさ、立派な『愛』の形だと僕は思うよ」
大和は嬉しそうに微笑みながら、紅茶を一口含んだ。
「月若の人たちに向ける家族愛。クラスメイトに向ける友愛。……そして、特定の誰かに向ける恋愛。結局変わらないよ」
「地続き、ですか」
「誰かのことをもっと知りたいな、とか。その人が笑ってくれたら嬉しいな、とか。そういう小さな『好き』の積み重ねの先に、いつの間にか特別な名前がついてるものだと思う」
今目の前にいる大和が同い年ではあるはずなのに、一回りも二回りも見えてしまう。自分の浅はかさや幼稚さを、人生経験のなさを恥じるばかりだ。
「すごいですね。大和様は……」
「僕からしたら君の方がすごいよ。富士見とあんなに仲良くできるのが」
「それは使用人で、立場が似た友人なのもあるからですね」
「なるほどね。ならさ悠斗くんは富士見のこと好き?」
「はい。好きですね」
悠斗が一切の迷いもなく即答したその瞬間、美術室の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。
入ってきたのはまさに今名前が上がった当人。今日はクラスメイトの家に行くはずだったのに華凛たちが目の前にいる。
華凛は目を輝かせ、瑠衣は顔を真っ赤にして俯いている。
「あ、えっと……本日は」
「帰ってきたわよ。私が長居すると面倒くさいことになるし」
その配慮はありがたいのだが悠斗としてはタイミングが悪すぎる。いくらここが防音室だからと言ってもドアを開けた瞬間に聞かれただろう。実際に瑠衣のリアクションがそれを物語っている。
「る、瑠衣さん。これは、その、大和様から『友愛』や『家族愛』の定義についての講義を受けていた流れでして……!」
「わかっています! で、でも今はこちらを向かないで……っ」
蚊の鳴くような声で絞り出されたその懇願に、悠斗はそれ以上言葉を続けることができず、ただただ手を伸ばしたまま固まる。
クスクスと笑う大和と、面白そうに自分たちを観察する華凛。そして、隣で未だに顔が真っ赤な少女。
気まずさと、冷や汗が出るほどの羞恥心が場を支配した。




