43 執事の未来
陽も暮れそろそろ閉園の時間。ライトアップされた園内は、昼の明るい雰囲気とはまた違う、幻想的な空気。
「最後に観覧車、乗っていかない?」
「うん、いいよ」
案内されたゴンドラに乗り込み、お互いが対面に座る。無機質なモーターの音で地面が遠ざかっていくなか、ゴンドラはゆっくりと地面から離れていく。地上では見れなかった遠くまでのライトアップ、外の景色は立体的になっていく。。
「……すごいね、悠斗くん」
「そうだね。お嬢様たちもきっと喜んでくれると思う」
「これならお二人も満足しそう」
前に座る瑠衣の顔はずっと窓の方を向いたまま。子供のようにはしゃぐ横顔がガラスに反射している。そのあどけなさは、普段の業務口調で真面目な彼女とは違う。
段々とゴンドラが上昇していくにつれ見える景色もより鮮明へとなっていく。アトラクションの装飾と向こうに見える町明かりのコントラスト。
「こんなに綺麗なものだとは……」
「それは、仕事としてじゃないよね?」
「勿論。本心だよ」
「ならよかった」
瑠衣は窓硝子に向けたままだった顔を正面に向けていた。その顔は先ほどの表情は隠れいつものような真剣な顔に戻っている。
「悠斗くん、今日はありがとう。最近疲れていたので息抜きになりました」
「はい。私も色々勉強になりました。自分が無関係で業務の為と切り捨てるのでなくもっと『恋愛』について勉強しなければと気づかされました」
「……そっか。それはよかった」
そこから二人の会話はない、
室内にはモーターの音と風の吹く音が聞こえる。静寂が支配するが悠斗は別に悪い気がしなった。前だったら気まずさを誤魔化すために、中身のない質問を並べていたが今はその必要もない。
もうすぐ頂上に着く。その瞬間、目の前の少女は口を開けた。
「業務連絡です」
「はい」
敬語。
プライベートな者から使用人モードへのチェンジ。
ついさっきまで隣り合っていた「普通の女の子」の気配は、無表情な完璧なメイドの仮面の下へと隠れていく。それは、この時間が残り少ないという明確な合図でもある。
「富士見瑠衣は、三年生の卒業と同時に日ノ内から離れます」
目の前のメイドから放たれたのは思いがけない一言。
「……っ。それは」
「はい、来年には借金の返済が終わるそうです。人質は終わりです」
「おめでとうございます……」
喜ばしい話のはずなのに。胸につっかえるしこりが、悠斗の心を阻む。
「日ノ内を出た後は長野に戻る予定です。実家の近くにある大学に進学しようかと。両親といれなかったぶん過ごしたいですし、学びたいこともありますので」
「そこまで将来のことをお考えなのですね」
「……悠斗くんはどうなのですか」
「私は……。月若の執――」
「月若の執事でいつづけるつもり」という言葉は不思議と口にできなかった。
そもそも悠斗が想像する数十年後も月若家があるとも限らない。あったとしてもその時に、使用人を雇うほどの財力を有しているかもわからない。
それに――華凛がいなくなったらどうするのか。
このままいけば大和と結婚して日ノ内の人間になる。そしたら悠斗の立場は。
目の前にいる瑠衣と悠斗が決定的に違うのは帰る場所の差。
彼女には両親という帰る場所がある中、対して自分は何もない。
ただ華凛の気まぐれに拾われ、生かされ、育てられただけの悠斗に、月若家以外に帰る場所なんてどこにも考えられない。
「悠斗くん!」
「え……あっ」
目の前に、いつの間にか身を乗り出した瑠衣の顔があった。彼女は本気で動揺を浮かべている。
「急に顔色が悪くなって……どこか痛むんですか!? やっぱり、さっきの絶叫マシンで無理をさせたんじゃ……っ」
瑠衣はバッグから素早くハンカチを取り出すと、躊躇うことなく悠斗の額へと手を伸ばした。
「すみません。暑さには慣れていると思ったのですが」
「嘘。そんなに震えてるのに? ……あ」
悠斗の手の震えに気づいた瑠衣は、ハッと息を呑み、そのまま差し伸べていた手をピタリと止めた。
彼女は気づいたのだろう。これが身体の不調などではなく精神的な何か――自分の問いかけが、彼の心の最も触れてはいけないところを。
「……ごめんなさい」
瑠衣はハンカチを引くと、胸元でそれをぎゅっと握りしめ眉を下げた。
「悠斗くんにとって、月若家やお嬢様がどれだけ大切な存在か、分かってたはずなのに……。悪意があったわけじゃ……」
違う、と悠斗は首を振りたかった。彼女が意地悪をしたわけではない。
ただ彼女のこの先にある未来が、外に見える景色のように自分には眩しすぎただけだ。
ゴンドラがいよいよ地上へと近づき、プラットホームのスタッフの姿が見え始める。
そこから二人の会話は今までのが嘘かのように何もなかった。




