42 執事とメイドの遊園地デート(3)
様々なアトラクションに乗り、時間は十二時。
「……少し、小腹が空いたね。悠斗くん」
「そうだね。お嬢様たちの昼食場所の『下見』も兼ねて、一度休憩しようか」
タメ口での会話も最初のころよりはずっと自然になってきた。
少し小腹がすいたということで、二人は近くにあるフードコートへと足を運んだ。コラボメニュー目当ての客で混雑していたものの、運良く奥のテーブル席へ腰を下ろす。
「何か食べたいものは決まってる?」
「私はこのコラボのラーメンとドリンクで」
見せられたスマホには漫画キャラクターをモチーフにしたフード・ドリンク。ここを選んだのもこれが理由だった。
「俺が買ってくるよ。待ってて」
「え、悪いよ」
「大丈夫、俺はいつも慣れてるから。……瑠衣お嬢様はここでお待ちください」
「そういうことサラッとするの辞めたほうがいいよ?」
「なにが?」
「……はぁー。いいやお願いします、執事さん」
ため息をつかれながら背中を押され、長蛇の列をなす券売機にまで悠斗は足を延ばした。
この漫画のことは全くと言っていいほどわからないが、同じ年齢くらいの男子や小学生くらいの子供もこの場所には多い。それほどまでに人気の作品ならもう少し勉強して来るべきだった。
そんな後悔をしながらも、食券を購入し目的のレーンに再度並びなおす。
「ごめん、片方のトレイ受け取るよ」
席に戻ると瑠衣は立ち上がり右手に持ったトレイを両手でしっかりと受け取ってくれる。悠斗もそれに甘えるように、片手のものを彼女に任せ左手のものを机に置く。
「なんで両手でトレイもってるのにあんなバランス崩れないの?」
「幼い頃から訓練してるからね。四方からボールをぶつけられながら歩くやつ」
「……え?」
「ん?」
使用人間の階級制をひかない月若家の使用人の業務は膨大。そして華凛と同い年で、彼女のお気に入りともなればその仕事量は普通のものよりも増える。
『トレイにグラスを載せて配膳する』――言葉にすれば簡単な動作に見えるがそれは違う。本当の意味は『いかなる不測の事態や妨害があろうともバランスを崩さず、一滴もこぼさずに主のテーブルまで運び届ける』ことを意味する。
歩行中にボールをぶつけられても微動だにしない体幹と技術を養うのは、そのための基礎訓練の一つに過ぎないのだ。
「そこまでやる?」
「するよ。フランス料理とか盛り付けが斬新なものが多いから、運んでる最中に崩れたらだめだからね」
「なるほど……。メモしよ」
どこからか手帳を取り出すと、ペンを走らせメモを書き始める。それは初めて会った渋谷のカフェで下見した時に見た姿と一緒だ。だけど今は敬語を外し、前よりも少しトーンが高い。
「ん? なに」
「手帳で何か書く姿、最初の渋谷以来だなと」
「あー……。たしかにね。普段はタブレットだし」
「そうだよね。なんか久しぶりに見た気がする」
「プライベートの時には手帳に書くようにしてるの。心地よかったり落ち着くときは
――」
その言葉の途中で瑠衣はピタッとペンを止めた。手帳を見つめたまま、分かりやすく耳の先を赤くする。
「ごめん何でもない! ほら食べよ!」
「……? 分かった」
慌てた様子で手帳を鞄に押し込み、勢いよく割り箸を割る瑠衣。
悠斗は彼女の突然の動揺に首を傾げながらも、スプーンを手に取った。
「いただきます」
「……いただきます」
悠斗はコラボメニューの夏野菜カレーにした。野菜のビタミン、食物繊維だけでなく炭水化物に、たんぱく質もとれるのでこの一皿で充分な栄養を摂取できる。いつも通りのスピードで口にスプーンを運んでいると前方から視線を感じる。
「どうしたの。そんなに見て」
「早くない食べるの? もう半分だし」
悠斗のカレー皿はすでに半分が空になっている。対する瑠衣のどんぶりには、チャーシュー、のり、めんまといったトッピングはもちろん、麺もまだたっぷりと残っている。
「そうかな。いつもこれくらいだけど」
「味わって食べてる?」
「もちろん味わってるよ。ただいつもは業務があるからもう少し早く食べるかもしれないけど」
悠斗の基本的な食事は、カロリーがあり動ける軽食を業務の合間に食べるというもの。オフの日以外は席につき時間をかけて食事をするというのは少ない。こればかりは職業病なのかもしれない。
「……もう少しゆっくり食べなよ。デートだと、女の子はこういうのも気になるらしいよ?」
「そうなのか……。やっぱりもっと勉強しないとな」
「お嬢様から勧められた漫画も読めてなかったけど。合わなかった?」
勉強として貸してもらった漫画は結局読めずに華凛に返してしまった。確かに合わないなっていうのもあったのだけどそれ以上に――。
「恋愛は俺にはわからない。人を好きになるのも恋に落ちるのも」
それは自然なトーンで悠斗の口から洩れた本心。瞬間、瑠衣の手元でカチャンと小さな音が鳴った。
「そっか……。私も最初そうだった。この仕事をしてたら恋愛なんて無縁だと思ってたから」
「うん」
「でもあの二人のやり取りとか見てたら、誰かを好きになるのも必要なんだなって思えた」
「……誰かを好きになるのが、必要?」
悠斗はスプーンを置くと、不意に正面に座る彼女をまじまじと見つめた。瑠衣はレンゲを置き、少しだけ遠くを見つめながら言葉を継ぐ。
「うん。……誰かに喜んでほしいとか、頑張りたいっていうのは好きじゃないとできない、らしいよ」
「らしい?」
「漫画の受け売り。私もまだわからないけど――これから分かっていきたい」
どうしようもない環境が悠斗をそうしてしまっている。
恋愛も一般常識も分からず、それを理解できないのは仕方ない環境。
それは目の前の彼女も同じであるはずなのに、彼女はそれに向き合っている。
瑠衣はそれでも華凛や大和に倣って学ぼうとする。それは業務を越えて、自身にはない感情を。
「……瑠衣さん」
「ん?」
「俺も……もし良ければ、一緒に分かっていきたい」
自分でも驚くような、不器用な言葉だった。瑠衣は麺をすする手を止め、きょとんとした表情で悠斗を見つめていた。




