41 執事とメイドの遊園地デート(2)
「お嬢様から瑠衣さんについていけば大丈夫と言われたので……あ、いや、言われたから、頼りにさせてほしいんだけど」
柄にもない緊張が体に走っている。敬語にならないよう常に意識を割かなければいけないのと、初めての遊園地で勝手がわからないことから来るものだろう。
「私はここに一度来たことがあるから、案内は任せて。それに、最近しっかり勉強もしてきているから」
「なるほど。それじゃあ頼むよ」
勉強というのは、こういうデートのことなのだろう。努力家で華凛が頼りにしている他家のメイドなだけある。
「それでは、お二人がさりげなく密着できるようなアトラクションに行ってみようか」
「わかった。ついていくよ」
瑠衣の後に続いて人混みを歩く。彼女は移動中も、アトラクションの特徴や園内の勝手について色々と教えてくれた。
「あのアトラクションは、最後の一瞬だけ急降下するから、そこでお嬢様たちが自然と寄り添えるはずだよ」
「あそこのチュロス屋さんは、二人で別々の味を買ってシェアする生徒が多いみたい。……華凛様たちにも、おすすめできると思う」
彼女の解説は、どれも事前にしっかりと調べ上げられたことが伝わるものばかりだった。メイドとしての立場でなく、カップルとしての立場のアドバイスにもなっているので感心すると同時に少しだけ複雑な気分にもなっていた。
「瑠衣さん、すごいね。俺にはわからない視点だよ」
「お嬢様におすすめされてる漫画とアニメで勉強してるからね。遊園地回も読んできたし」
「あーなるほど。ならもしかして今好きな人とか……」
「いるわけない。急だね、そんなこと聞いてくるの?」
それを聞き、悠斗はなぜかほっとしてしまう。心の中でつっかえになっていた「複雑な気分」も自然と消えていった。
「そっか。いや、それなら良かった」
「良かった、って何が?」
「……こうやってデートをすることは今後も考えられるからね。お嬢様達の我儘で」
「なるほど。確かに……」
「俺はお嬢様たけなく瑠衣さんにも幸せになってほしいから。その為に俺ができることなら協力したいよ」
至って真面目なトーンで悠斗は本心を告げた。その言葉を聞いた瞬間、瑠衣はピタリと足を止めてしまう。
「……悠斗くん。本当に、そういうところだよ」
その顔はこれまで関わってきた中で見たことのない。
冷徹なジト目ではなく、呆れたような顔でもない。少し切なそうで複雑な目。それは色々な感情がこもったようなものだ。
「え……?」
「なんでもない。あれやろう」
何かを言いかけた瑠衣は近くのアトラクションを指さした。そこには椅子に座って高所から落下するアトラクション。「ここでしかできないスリルと浮遊感の体験を」と書かれている通り上の方からは悲鳴が聞こえてくる。
「ほら、お嬢様たちが『吊り橋効果』で自然と手を握り合えるか、私たちが身をもって確かめないとでしょ?」
「うーん……わかった」
待機列に並んでいる間も二人の会話は途切れなかった。「遊園地デートは待ち時間で気まずい雰囲気になる」という話は聞いていた。瑠衣と二人きりでも会話が続いているので主達も大丈夫だろう。
安心したのも束の間、、前の組が地上に降りてきた。悠斗たちも周りに流されるようにシートに並んで座り、安全バーがガチリと音を立てて体を固定する。ガタガタと音を立てて、椅子がゆっくりと上昇を始めた。地面がどんどん遠ざかり、遊園地の全景が足元に広がっていく。凄まじい高所のスリルが肌を刺す中、悠斗の右手は強く握られる。
「やばい思ってるより怖いかも……。悠斗くんは怖くないの?」
「まぁ……。飛行機に乗る回数が人より多いので」
「確かにね。……悠斗くんらしいね」
最上階で機械がピタリと止まる。一瞬の静寂。
「今隣にいるのが悠斗くんでよかったな」
「……え?」
「なんでもない」
カウントダウンもなく世界は垂直に落下を始めた。
凄まじい風圧と浮遊感が全身を襲う中で、悠斗の耳に届いたのは隣からの悲鳴。手が痛くなるほどの強く握られてる感覚。
あくまでこれは下見でする必要のない行動。それなのにこの手を離したくないと思うのは何故なのか。
浮遊感が収まりブレーキがかかって完全に停止した時には、握っていた手は自然に離れていた。
安全バーが上がり、瑠衣がふらつきながらシートから立ち上がる。
その顔は落下の恐怖からか、ほんのりと赤く染まっていた。
いつもなら完璧に整えられているはずの彼女は、まるで一人の女子高生のようにはしゃいでいる。
降車口へと歩き出す瑠衣の背中を見つめながら、悠斗は自分の手のひらをそっと見つめる。
「悠斗くん? 大丈夫? もしかして、本当は怖かった?」
少し前を歩いていた瑠衣が振り返り、心配そうに覗き込んでくる。その顔はまるでからかってくる華凛のような悪い笑顔。
「……いや。少し、油断していただけだよ」
悠斗は小さく息を吐き出し、いつものポーカーフェイスを無理やり引き戻して彼女の隣に並ぶ。
何かわからないこの気持ち。
体調が悪いわけではないのだけど、瑠衣と出かけるたびに抱くこの気持ち。
不快ではないけどむずがゆくて形容しがたいこの感情。
得体のしれないこの感情に悠斗の体は追い付いていない。




