39 執事とラブレター
朱莉の転校は学校にとっても大きな衝撃を与えた。
月若財閥と水船財閥のご令嬢が二人もいるという事実は世間的にも注目され、校門前には週刊誌や記者が張り込んでいる。
「ついでに日ノ内財閥の大和もいるよ」なんてことがバレた日にはもっと大変なことになる。
そんな外の喧騒を余所に、各関係者が一息つけるこの旧校舎の美術室だけは、いつもと変わらない空気を提供してくれている。
「この漫画いいねぇ。流石華凛、面白いのみつけるね」
「でしょでしょ! 大和、もっと褒めて褒めて!」
「ダーリン、うちも頭撫でてほしい! 二人みたいに!」
旧校舎の一角でこんなに寛いでいる様子を見たら世間は卒倒もの。それだけ重大な責務を、悠斗と瑠衣は背負っているということだ。高校生で年若い使用人たちがこの責任を担うなどとんでもないがこれも仕方のないことだ。
「朱莉様。私とあなたは、主人と使用人と言う立場ですので」
「今は、うちの一か月の契約執事でもあるやろ? それなら問題あらへんとちゃう?」
「問題大ありです。これはあくまでイレギュラーの対応ですので」
結局、朱莉の急な転校に伴う警護や付き人の手配は困難を極めた。そんな中昔からの付き合いで、朱莉がなついている悠斗に白羽の矢が立ったということだ。水船から破格の報酬を約束されボディーガードは悠斗、そのバックアップを瑠衣がするという形になった。
「じゃあるいるいでえぇーや。おねがいー」
「私も無理です」
いつのまにか瑠衣と朱莉の距離も縮まってあだ名で呼ぶようになっている。落ち着いた瑠衣と元気な朱莉。
この二人の凸凹ぐあいは見ている分には面白い。
「あ、そうだ。ダーリン」
「なんですか?」
ダーリンと呼ばれることにもう抵抗がなく、返事をすることにしている。ここで返事をしないと、どこかのお嬢様のように拗ねられる未来が見える。
「この返事を男子目線で考えてほしい」
「はい?」
渡されたのは手紙で表面には、「水船朱莉」と名前が書かれている。文字は角ばっていて男の人が書いたような文字。
「え! ちょっと、それってラブレター!?」
さっきまで大和といちゃついていた華凛が、目を輝かせて後ろから身を乗り出してきた。普段は一歩引いている大和や瑠衣までもが、珍しく興味津々な様子でこちらを覗き込んでいる。
「そうなんよねぇ。今朝、下駄箱に入っとって……どうしたもんかと困っとるんよ」
「水船のご令嬢と知って告白する人がいるなんて……」
日本経済を牛耳る五大財閥のご令嬢に告白する人がいるなんて。この手紙の主は言ってしまえば一般階級かよくても小金持ち。
「二人はないん?」
「私はないわよ。悠斗がいるから誰から告白されることもないし」
華凛に直接好意を伝えることを見たことがない。中学は女子校で、高校では近くに悠斗が目を光らせている。いくら思春期の男子だからと言って、無理と分かっている勝負に挑むものも少ない。
「僕は中学生の頃、一回あるけどその時には華凛が好きだったから断ったよ」
「~~~! もう最高!」
自分たちの話題でないのにバカップルが盛り上がっているが本題は、朱莉の返信。恋愛経験のない悠斗もこれには困ってしまう。
「一応ですが、断るんですよね?」
「勿論。うちには、ダーリンがいるんだから」
頬を赤らめながら熱っぽい視線を送ってくるが、目を合わせないようにする。
「今時手紙なんて粋ですね。デジタルデータと違い消すということができないのに」
「るいるいも興味あるんやね、意外やわぁ」
「私も女子ですからねそれくらいはありますよ」
「好きな人はいない」と言っていたはずの彼女が恋愛に興味を持つなんて意外だ。この二か月で何か変化があったのだろうか。
話を本題へ戻すように、大和が話題を切り替えた。
「断り方か……。他に好きな人がいますじゃダメなの? 悠斗くんの名前出して」
「ダーリンに迷惑かかるやん? あと同級生はうちとダーリンが面識あること知らんやん?」
「確かに、転入初日にいきなり『校内に好きな人がいます』は無理があるかもねぇ……。だったら『関西に忘れられない人がいる』とかはどう?」
「それやと、そのうち『じゃあそいつ誰やねん』って詮索されそうやん。水船の人間がそんな噂立てられたら、またお袋がうるさいし」
朱莉は椅子の背もたれに体重を預け、髪を指先でくるくると弄びながら溜息をついた。グイグイ来る普段の態度に隠れがちだが、彼女もまた自分の立場を理解している「財閥の人間」なのだ。
「でしたら『許嫁がいる』と言ってしまえばどうですか? 朱莉様であれば違和感がないかと」
「それや! さすがダーリン、話が早いわ!」
悠斗の提案に、朱莉はパッと顔を輝かせて椅子から身を乗り出した。
「五大財閥の娘に『親が決めた許嫁がいる』なんて、これ以上ないほど説得力あるやん? 相手の男子も『格が違いすぎる』って一発で諦めてくれる!」
後ろから覗き込んでいた華凛が、ふむ、と顎に手を当てて同意する。
「水船の家格なら、そんな話が裏であっても誰も疑わないわ。相手の男の子も、変な未練を残さずに済むんじゃない? 自分の手の届かない世界の事情だって諦めがつくでしょうし」
「僕も賛成かな。変に『他に好きな人がいる』ってぼかすより、家柄を理由にされた方が、一般の生徒ならそれ以上踏み込めなくなるしね」
華凛も大和もこの提案には頷いている。よくないがこういう時に家名は大変便利になる。
「メイドの立場からもそれがよろしいかと思います。悠斗くんの名前を出すとトラブルになりかねません」
満場一致の賛成。これには悠斗も心の中でガッツポーズをした。我ながらいい案をだせた。
ラブレター騒動は、悠斗の許嫁という案で一応の着地点を見せた。




