34 執事とメイドの相合傘
「星原さん、申し訳ございません。急に体が熱くなってしまって」
ビーチパラソルの下に向かうと、瑠衣はうつむきながら謝罪をしてくる。謝罪の理由は動けなくなってしまい、三人に荷物を運ばせることになってしまったからだろう。相変わらず真面目で責任感の強い彼女の姿に感心してしまう。
「体が熱くなったですか……。一度顔を上げていただいてもよろしいですか?」
「え? はい……」
悠斗は屈み顔上げた瑠衣の額に軽く手を当てた。確かに顔も赤く呼吸も粗いが、熱を帯びているわけでもなさそう。ただ心配なのは変わりないため、体温計を取りに立ち上がろうとした時、大きな衝撃が背後から走る。
「うーん不思議で――」
「てめぇ、瑠衣に何やってんだぁ!!!!!」
悠斗の体は大きく吹き飛ばされ珍しく膝に手を当て体制を崩すことになった。この怒声は夏休みの初日に電話越しで聞いた声にそっくり。そこには日本で生きている限り誰もが知っている見知った顔が二つあった。
「お二人ともお仕事の方は済んだのですね?」
「うるえせぇ! お前瑠衣の体にふれてんじゃねぇ! ここにきてからも一緒に泊まったとかぬかしやがって!」
「おい、龍之介? 悠斗のこと蹴ったよな? うちの執事になにやってんだ?」
目の前にいるは、日本経済を牛耳る月若家と日ノ内家の当主たち。先ほどまで会議があったといっていたが、今は水着姿にサングラスと浮かれた様子。雑誌やテレビで見る厳かな雰囲気とはまた違う柔らかい感じだ。
「お二人とも落ち着いてください。奥様方の方へ行かずによろしいのですか?」
「邪魔って言われて追い出されたから大丈夫だ」
二人の服装からそんな予感がしていたが予想通り。相変わらず尻に敷かれているのは変わりないのだろう。
「おい月若執事? お前さっきのはなんだ。瑠衣のでこ触って」
「体調が悪そうでしたので、恐れながら触らせていただきました」
「お前は簡単に女の体を触れるような軟派野郎か!」
日ノ内家の当主――大和の父親である龍之介は、サングラスを上げ般若のような顔で悠斗の肩を揺さぶってくる。軟派野郎とは失礼な、と思ったがそれほどまでに瑠衣のことを大事にしているのだろう。
「まぁ待て。確かに悠斗は華凛と常日頃一緒に過ごしているせいで、そこら辺の価値観はバグっているがそんなチャラチャラしたやつではない!」
「あぁ? そもそもお前の家の方針がおかしいのだ。娘にこんな年若い執事を付けて。前から思っていたがいくら何でも距離が近くないか? うちの倅と付き合ってるはずだろ!」
いつの間にか悠斗個人に向けられていたものが、月若全体に向けられている。それに向かい合う二人の間には火花が見える。
「パパたち煩い。いくらプライベートビーチだからって恥ずかしいから辞めて。その年でそういうのイタいから」
騒ぎをかぎつけてか、遊んでいた華凛と大和もいつの間にかこちらまでやってきていた。
二人の楽しい時間を邪魔されたからなのか、華凛の顔は険しいものだ。ただでさえ朝から機嫌が悪かったのにこれでさらに悪くなっている。
「華凛ちゃん!? しかしその……」
「叔父様? うちの悠斗になにか?」
「イ、イヤソノ……」
「そもそも、良いか悪いか決めるのはるいるいでしょ?」
華凛に詰められ龍之介はタジタジ。彼氏の父親に対する態度としては失格だろうが、五大財閥のご令嬢と言う点では正しい気もする。皆の視線が瑠衣に集まると焦ったようにして口を開ける。
「私は大丈夫です……。星原さんは信頼していますから。友人としても同業の仕事仲間としても」
パラソルの下から瑠衣が顔を出しながらこちらへ見つめてくる瑠衣。主人でなく自分に味方してくれたことに悠斗も驚きながらも胸を撫でおろした。
「ほら? 爺どもは引っ込んでなさいよ。若者が楽しんでるんだから邪魔しないで。いくわよ二人とも」
シッシッとと当主たちを追い払うと華凛は勝ち誇ったように歩いて行った。悠斗たちも自身の主達に一礼しながらその背中についていく。
「お嬢様ありがとうございます……。正直に言うと困っていましたので」
「いいってことよ。学校始まったら四人で仲良くできないんだから、ゆっくりしましょ」
昔からそうだ。なにかの板挟みになっているところに、華凛はこうやって手を伸ばしてくれる。同じ年で一緒に育ったのにまるで姉のように引っ張ってくれる。
「わかりました。では何をしましょうか。四人で泳ぎますか二キロくらい?」
「泳ぐわけないでしょ……。もっとロマンチックなことしましょ」
海に来たのに泳がないのは本末転倒感もあるが、何か考えがあるらしい。よくわからないまま歩いていると砂浜には大きな相合傘が書かれていた。そこには人が寝れるスペースもある。
「華凛がこんな感じで写真が撮りたいらしくて、二人とも協力してくれないかな?」
大和のスマホに映るのは「高校生海デートで映える写真」と書かれたサイトだった。
「つまり写真を撮れと?」
「そういうこと、お願い」
スマホを悠斗と瑠衣それぞれに渡すと、二人はその相合傘に収まるようにピースをする。悠斗もカメラに映る微笑ましい様子に少し笑顔を浮かべシャッターを切る。
「どうですかお嬢様。出来栄えは?」
「悪くないわね。いい感じよ!」
「左様ですか。ありがとうございます」
「次、あんたと瑠衣で撮るから寝っ転がりなさいよ」
「……なぜですか?」
悠斗も思わず渋い顔をせざるを得ない。仲のいい友人でしかない彼女とそのようなことをする必要は感じられない。が、この後に続く言葉は――。
「主人命令いいから」
案の定予想通りのもの。ため息をつき隣を見ると瑠衣と自然と目が合ってしまう。狙って視線を合わせたというわけでは決してないが、思わず顔を赤らめてしまう。
「星原さん、ここは従いましょ。でないと……」
「そうですね。今日一日の機嫌が変わりますね」
華凛に睨まれながら二人は渋々と砂の上に寝っ転がった。太陽の光が眩しいうえ、どんなリアクションをすればいいかわからない。
「二人とも眩しいのは分かるけど顔怖いから!」
「大和の言う通りよ。演技でもいいから何かリアクションしなさいよ!」
主人の命令は絶対。お嬢様の機嫌をこれ以上損ねないためにも、何かしらの「それっぽい構図」を提供しなければならない。
「わかりました。星原さん失礼いたします」
悠斗の右手に唐突な感触が生まれる。焦って瑠衣の方を見ると彼女も顔を真っ赤にしたままこちらを見つめている。
「これは……ショッピングモールでしていたカップルの真似を」
夏休み前に言ったゲームセンターには確かそんなカップルがいた気がする。それを見た上での行動とう言うことだろう。ただそれによって悠斗の体は違和感を感じていた。高鳴る体温の上昇、体の火照り、胸の高鳴り。
ヴィラで寝ぼけた彼女に抱き着かれたときはそんなことがなかったのに……。
「撮れた! いいわねあんたたちの写真なんかラブラブで」
「見つめあってるのがいい味出してるね」
頭上からのシャッター音で繋いで手を急いで離す。いつの間にかシャッターは切られていたようだ。
「星原さんすみません。手を握ってしまって」
「……大丈夫ですがどうして急に?」
「漫画で見たのを真似してみたく……」
砂浜から起き上がっても胸の高鳴りは収まらない。
今までに経験したことのない体の不調は何なのか。今までに経験したことの内体の不調は何か。悠斗には全くわからずにいた。




