32 執事とメイドのお電話
ヴィラでの生活も終わり、悠斗はクルーザーの中で絶望していた。
「ちょっと悠斗元気出してよ!」
「……」
隣で華凛が呆れたように声をかけてくるが、今の悠斗にはそれに応える気力すら残っていない。
あの異様に長く感じた一日の間で本当に色々なことがあった。だが、最も致命的だったのは、間違いなく今朝の『あの事件』だ。
悠斗が完全に悪かったのかと言われれば、決してそうではないしどちらかと言えば被害者。
理由はどうあれあんなことが起きたので、悠斗と瑠衣は口をきけないまま別れることになった。
「悠斗電話なってるって! いつもと違うほう」
華凛に促されポケットを見ると、プライベート用のスマホが振動している。ここにある連絡先はいまだ瑠衣のみだ。
「おつかれさまで――」
『あ、あの今朝は……申し訳ございませんでした』
悠斗の声を遮る、瑠衣の声。いつも淡々としていた口調でなく明らかに上ずりで緊張している声だった。
「え、あ、いや……」
『星原さんにも恥をかかせることになりました。本当に、本当に申し訳ありません』
悠斗は呆気に取られつつも、思わず心の中で安堵する。
この感じは嫌われたわけではなさそう、だと。
「富士見さん、落ち着いてください。私のことは大丈夫ですよ。こちらこそ申し訳ございませんでした」
『いえ! 大和様から事情は聴いております。私を運んでくれたあと、お二人とお話されていたそうで……』
スマホの向こう側から焦る彼女の声と優しい笑みを浮かべる大和の顔がなぜか鮮明に浮かぶ。
『先に寝てしまってつまらなかったですよね。せっかくのバカンスなのに』
どうやら瑠衣は自責の念に駆られている様子だ。
「いえ楽しかったですよ。おすすめの漫画の話や、大和様の話も。実際に富士見さんが寝てからすぐに私も寝ましたから」
『ですが……』
「そんなに気に病まないでください。――また、あのように二人でお話しさせてください。次は、夜遅くまで」
『――っ!? ……あ、痛ぁ!』
受話器の向こうで短い悲鳴が上がると同時に、ゴツン、と何か鈍い音が耳元に響いてきた。
どうやら瑠衣がどこかに頭をぶつけたらしい。普段の彼女からは想像もつかないドジなリアクションを、悠斗は不思議に思う。
「大丈夫ですか? 何か鈍い音が……」
『星原さんのせいです! 前々から思っておりましたが、もう少し言語表現を気を付けるべきです!』
「言語表現ですか?」
心当たりがなさすぎて、悠斗は思わず首を傾げた。至って真摯に、かつ丁寧に接しているつもりなのだが。
『そうです! 例えば、この前仰っていたことですが……普通、単なる友人関係に対して『末永く』なんて言葉は使いません!』
「え……?」
『とにかく! そういう無自覚に誤解を招くような言い回しは慎んでください! もし誰かに勘違いされたらどうされるのですか!」
いつもより語気の強い彼女の声に押されていると「落ち着いてぁ、仲直りの為でしょ」と優しい声が聞こえてくる。そこから深呼吸も聞こえてくる。
『すみません。取り乱しました。ともかく気を付けてください』
「あ、はい」
『本当にわかっておりますかー?』
「勿論です、気を付けますよ。――要件は以上でしょうか? そろそろ島が見えてきまして」
『あ……もう、そんな時間ですか』
悠斗の言葉に、瑠衣の声から先ほどまでのトゲがすっと消え、少しだけ名残惜しそうな響きが混ざった。
『分かりました。私の用件は……以上です。あ、最後に。写真を添付しましたのでご確認ください』
「承知いたしました」
『……保存してもかまいませんから。……それでは』
それと同時に画面は無機質なロック画面に切り替わった。
「なーにニヤニヤしてんのよ、悠斗」
「してませんよそんな。たかが電話で」
「その顔でいうそれ? 良かったわね仲直りできて」
華凛は呆れたように息を吐きつつも、どこか嬉しそうにふっと微笑む。だが、すぐに何かを思いついたように、ニヤニヤとした意地の悪い笑みに変わった。
「ねえ。なんかさ、電話でのるいるい、私みたいじゃなかった?」
「……は?」
予想外すぎる指摘に、悠斗は思わず声を漏らした。
「ほら、怒って畳みかけてくるところとか、振り回してくるとことか? あの子普段はあんなに大人しいのに、あんたの前だとなんか違うわね?」
「そんなこ――」
ないと断定して言い切れない。実際に電話越しに既視感はあった。
「こと、あるわよね?」
「ノーコメントですね、守秘義務違反をしてしまいますこれ以上は」
「あはは! 悠斗顔真っ赤よ面白過ぎ!」
楽しそうに笑う華凛を横目に、悠斗はもう一度だけスマホを触りトーク画面をタップした。
一番上に来るように設定した瑠衣とのチャット履歴には写真が送られていた。
電波の関係で読み込みが遅れていると、後ろから華凛が顔をのぞかせてくる。
「写真ってなんだろうね」
「何かあったんですかね、共有したいものが」
画面のモザイクが外れ、映し出されたのはとても見知った写真だった。まだ完全に目を瞑ったまま、無防備に小さなピースサインを作っている女の子と、この世の終わりを迎えたかのように顔を真っ青にさせている男の二ショット。
「これ保存してもいいって許可出てるしどうするのー?」
「お嬢様大変です! そろそろ岸につきますので忘れ物のないようご準備を!」
「露骨に話を逸らしたわね!?」
丁度良く島が目前に迫ってきたので、悠斗は誤魔化すように声をかけた。そして華凛の視線が逸れた隙に画面右下のダウンロードボタンを静かにタップした。




