30 執事はメイドの過去を知る
華凛との面白かったエピソードや、大変だったことと話は自然に膨らんでいった。
「気になっていたのですが、星原さんはどうして執事に?」
「あぁーなんか拾われたんですよね」
「拾われたですか?」
「はい、公園で遊んでいたら目の前で高級車が止まって……そのまま月若へGOです」
「GOですか……?」
悠斗が少しおどけたトーンで言うと、瑠衣は目を丸くした。
「『執事にならない?』って言われて頷いたら。その東京に行くことになりました」
「誘拐……ではないんですよね?」
「違います、違います。施設の方でも話し合ったみたいなので」
「施設、ですか」
「施設」その単語が出た瞬間、瑠衣の顔が一気に強張るのが分かった。
先ほどまで興味深そうに聞いていた彼女の表情も申し訳なさそうなものに変わっていく。
「月若が運営する児童養護施設です。私は一応そこの出身らしいんですけど全く記憶がないんですよ。それ以前の」
いつ預けられてどう育ったのか、悠斗でさえよくわかっていない。断片的な記憶はあるのだがいかんせん、目の前にとまる高級車の記憶の方が強烈すぎて上書きされている。
悠斗が淡々と事実を打ち明けると、瑠衣は息を呑んだままきゅっと唇を結んだ。
「あ、の……すみません。そんな、大切なことを、軽々しく聞いてしまって……」
「そんなに恐縮しないでください。隠すようなことでもないですし、私自身、本当に気にしていないんです。記憶も曖昧なので辛い記憶とかでもないので」
そう言って笑ってみせるが、瑠衣の表情はまだどこか硬い。
自分で話しておきながらこれは申し訳なくなってくる。
「他の話をしましょうか。そういえば大和様は――」
苦し紛れに話題を振ることにした。
◇
「はい……それでー華凛様はぁ……」
あの後も一時間ほど色々な話を聞いていたが、いつの間にか彼女の頭が上下し始めた。目元もきりっとしたものから垂れていき呂律も回らなくなっていた。
「富士見さん、さすがに限界のようですね。……よくここまで起きていてくれました」
「……ん、ぇ……まだ、お話し、できま……す……」
完全にトロンとした目で、瑠衣は必死に虚空を睨みつけながら抗議してくる。ゆっくりと横へ傾き始める。
「おっと」
「あ、しゅみません。おて……」
彼女はもう限界のようだ。いつもはピンと張った背筋も、糸が切れたように体をこちらへ預けてくる。規則正しい、小さな寝息がすぐに聞こえ始める。
悠斗は起き上がらないよう枕を支えに立ち上がると、彼女をお姫様抱っこでベッドまで運ぶ。きっと朝起きたときには怒られるだろうが、このままソファに運ぶことなどできるわけない。
シーツをめくり彼女にかけると少しだけ意識朦朧とした目でこちらに声をかけてくる。
「ほしはら……しゃん。ベッドは……ぁ」
「大丈夫ですよ。時差ボケもあって慣れない環境に気疲れしたのでしょう。ゆっくりお休みください」
「……ん、ぅ……」
安心したように瑠衣の瞳が今度こそ完全に閉じ、深い眠りへと落ちていく。悠斗は彼女の頭にそっと手を置いた。
「ゆっくりおやすみください。瑠衣お嬢様、いい夢を」
薄暗くなった室内から悠斗は音を立てないように扉を開け、そのまま夜風が吹き抜けるベランダへと出た。
心地いい夜風と波の音が場を支配する。世界有数のリゾート地だから周りでうるさいということもない。まるで自分しかいないような感覚に陥る。
――が、そんなのも一瞬のこと。隣のヴィラからこちらへ向け明かりが揺れている。
そしてスマホにも見覚えのある文字が表示された。
ベランダの柵に寄りかかり、溜息混じりに通話ボタンを押して耳に当てた。
「はい。お嬢様、そちらの方はどうですか」
『こっちもサイコー。ねえねえ、るいるい何やってんの?』
「ベッドの上でぐっすりですよ」
『じゃあ一人か。こっちくる?』
「いえ。お手数ですが、そちらからこちらへ来ていただいてよろしいですか? 彼女を一人にするわけにはいきませんので」
「おけー。外でベランダで話そ」
夜の静寂に紛れ込ませるように、悠斗は声を潜めながらも、いつもの冷静な口調でそう告げた。
室内で眠る瑠衣を起こさないよう、迎え入れそのままベランダのベンチへと案内する。
「あんたも座りなさいよ?」
ベンチに腰掛けた華凛が、当然のように隣をぽんぽんと叩いて促してくる。しかし、悠斗はいつものようにスッと背筋を伸ばしたまま首を振った。
「いえ。お二人の前で腰を下ろすわけにはいきません」
「いいじゃん、悠斗くん。今は執事じゃない君と話したいんだ」
「……お言葉に甘えます」
悠斗も大和には頭が上がらない為ここは素直に従った。
「それにしても、るいるいの寝顔って本当に可愛いわね。普段の大人っぽい感じと違って、なんだか年相応っていうか」
華凛がガラス戸越しにチラリと室内へ視線を向けながら嬉しそうに微笑む。大和もそれに同意するように優しく目を細めた。
「仕事ぶりを見ているとつい忘れそうになるけど、富士見も僕たちと同い年だからね」
先ほど見た瑠衣の寝顔は普段の生真面目なイメージとは大きく違っていた。無防備で、少し幼さの残る可愛らしいその姿を思い出し、悠斗も内心で深く頷いてしまう。
「で? 速攻で寝ちゃうってことは、やっぱり二人きりは気まずかったわけ?」
「そんなことないですよ。色々と楽しくお話ししていたら、彼女の睡魔が限界を迎えてしまったようで」
「富士見がお話? 意外だな。彼女そんなに話すタイプじゃないのに」
大和が意外そうに眉を上げると、華凛も興味ありげに身を乗り出してきた。
「そうですか? 好きな漫画とか日ノ内の思い出を話してくれましたが」
「……きっと悠斗くんの前だからこそ、少しだけ肩の荷を下ろせたんだと思うよ。彼女は難しい立場だからね」
「難しい立場、ですか」
悠斗が静かにオウム返しに尋ねると、大和は顔を上げ少しだけ声を落とした。
「彼女は言ってしまえば人質のような形でうちに来てるからね」




