28 執事とメイドのベッド論争
「『さっきの発言はなし』とか言わせないからね?」
「しかし、お嬢様……」
まさか今日一日、天気が崩れ続けるとは完全に誤算だった。これでは本当に、あの部屋に二人で泊まるしかなくなってしまう。
困り果てて瑠衣の方を振り返ると、彼女はさっきから茹でダコ状態。
悠斗自身は月若の本邸に住み込みで働いているため、男女で寝食を共にする環境自体にはそれほど抵抗がない。だが、瑠衣は到底同じとは思えない。
「るいるいだって、家だったら大和と同じ家に住んでんだから大丈夫でしょ?」
「富士見は住み込みじゃないよ。前のご褒美の時言ってたじゃん」
「え……まじ!?」
華凛はそこまで言って、瑠衣をまじまじと見つめた。
「ごめんならいい! 今回は私と泊まろ、ね?」
「大丈夫です、お二人が気を使う必要はございません! 今日は、星原さんと寝させてもらいます!」
本気で心配そうな顔をする華凛に、瑠衣はぎこちなくも、どこか決意を秘めた笑みを向けた。
「大丈夫です……。星原さんなら、いいです。私たちは『友達』ですから」
そう言ってこちらを見てくるがその瞳は何か、熱を帯びている。
「ほら、星原さん行きますよ!」
「ちょ……待ってください」
完全に吹っ切れた様子の瑠衣に促され、悠斗は慌てて手荷物をまとめる。外は激しい雨が降り続いていたが、彼女は迷いのない足取りで隣のヴィラへと進んでいった。
◇
「お疲れ様です、旦那様。星原です」
『悠斗どうした? 他の三人は元気か』
そこにはいつもより陽気な旦那様の声が聞こえてくる。そして奥からは複数の見知った声が聞こえてくる。
「お楽しみ中でしたか?」
『日ノ内をうちに呼んでる。日本では目が気になるからな』
受話器の向こうから聞こえてくるガヤガヤとした賑やかな笑い声。どうやら、月若家と日ノ内家が、日本での視線を離れて会食を楽しんでいるらしい。
「……なるほど。そちらも羽を伸ばしていらっしゃるようで何よりです、旦那様」
悠斗は、ヴィラのリビングから少し離れたテラスの軒下で、スマホを耳に当てながら静かにため息をついた。
『それで、そっちはどうだ? ちゃんと華凛と大和を二人きりにできてるか?』
「ええ。お嬢様と大和様には最高のロケーションのヴィラを贅沢に使っていただいております。この天気なので本日はお泊まりしていただくことになりました。それと……」
ガラス扉の向こう、ソファに腰掛けて誰かと電話している瑠衣の背中に視線を向けた。
「手違いでヴィラが二棟貸し切られておりまして。結果として、私と富士見さんがもう一棟のヴィラに、泊まることになりました」
それまで陽気だった旦那様の声がピタリと止まり、数秒の沈黙の後爆発したような笑い声がスピーカーから割れんばかりに響いた。
『マジかよ!? おい龍之介、聞けよ! うちの悠斗とお前のところのメイドちゃんが、一泊するって』
『殺すぞ、クソガキ。 瑠衣に手出したら総力を挙げてお前を抹殺――』
『あぁ? てんめぇうちの悠斗に何言ってんだ? お前表出ろや――』
「……」
そこからはFワードが飛び交い話にならなかったので、悠斗は静かに電話を切った。ここではお酒を飲めないはずなので素面でメンチを切りあっているのだろう。
スマホをポケットにしまい、ガラス扉を開けて冷房の効いた室内へと戻る。
「……星原さん。旦那様方は、何と?」
「あぁ……明日しっかり帰ってくるようにと」
「左様ですか」
あの下劣な会話を彼女の前で話すことはできなかった為適当にごまかした。
「そちらは……?」
「あぁ華凛様と大和様にです。晩御飯の予定と明日の帰る時間やご様子などをお伺いしたく。『イチャイチャしたい』と言われて、早々に切られてしまいましたが」
お嬢様らしいというか……。相変わらず図太い神経の持ち主だ。
「ならよかったです。では、ベッドメイキングをするとしますか」
室内の設備を見渡すと、大きなキングサイズのベッドが鎮座し、隣には瑠衣が座っているソファーが置かれている。まぁ言わずもがな決まっている。
「富士見さん。申し訳ないのですが……」
「はいかまいません。私のベッドはこのソファで充分です」
「いいえ、それは認められません」
「なぜですか?」
そんなの簡単な話で、華凛に大目玉を食らうに決まっているから。それに悠斗はどこでだって寝れる体質なので明日に影響することも少ない。
「明日のこともありますから。私はどこで寝るのも慣れていますから」
「私だって慣れています。畳や段ボールの上だって寝られます」
「いえ私はまだ体力が有り余っていますので問題ございません!」
「星原さんは月若家の執事であり、このバカンス中、誰よりもお嬢様のために動いて、一番体力を消耗しているはずです。それに、私をこの部屋に泊めるという無理を通したのですから、私がソファを使うのが合理的かと。」
「しかし――」
「しかしではありません! 星原さんがソファで寝るというのなら、私は床で寝ます!」
普段の規律的な姿からは想像もつかないほど頑固。これまでの瑠衣の態度には珍しい、悠斗は思わず呆気にとられてしまう。まるで、華凛を相手しているようだ。
「なんといっても私は折れません! あなたがベッドで寝てください!」
「……分かりました。ならそうしましょう」
――なんて引く姿勢をみせたが、内心ではどうにかして彼女をベッドへ誘導する方法を瞬時に模索し始めている。どうにかして、彼女をベッドに誘導しよう。例えば「このベッドは自分に――」
「夜になって『やっぱりこのベッドは合わないのでそちらに寝かせて下さい』とか言ってもダメですからね?」
「えぇ」
ジト目でバッサリと切り捨てられ、悠斗は苦笑するしかなかった。どうやら彼女は、自分が思っている以上に、こちらを見透かしているらしい。




