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執事とメイドのラブコメ  作者: 有明海
2章 夏休み編

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26 執事とバカンス

 東京の夏は暑い。

 普通の高校生なら、宿題や課題を頭にちらつかせる中、悠斗はそれらを早々に終わらせていた。理由はただ一つ、月若家のバカンスに同行するためだ。


「悠斗、いいわ。もっと仰いで」

「承知いたしました、お嬢様」


 二人がいるのは、日本から約九時間。インド洋に浮かぶ島国の、モルディブ。

 エメラルドグリーンの海の上、月若家が所有するプライベートクルーザーのデッキで、二人は贅沢な時間を過ごしていた。


「いいわね、男をうちわで侍らせるなんて。悪役令嬢みたいで」

「アニメに脳みそがやられていますよ」


 サングラスを少しずらし、華凛が不満げに頬を膨らませる。

 実際にアニメに匹敵するほどの超超超超超お金持ちでなければ、執事も付けないしこんなところにいるわけもないのだが。


「ふん、相変わらず可愛げのない物言いね。……ところであれはどうなっているの?」


 華凛のいう『あれ』とはいつもの『あれ』だ。それに関しては東京にいようがどこにいようが変わらない。


「はい、大和様達の船はもう少ししたら来るそうです」

「最高ー! 青い空! 綺麗な海! そして大和の水着……いいわね。妄想がはかどるわ」

「お嬢様、よだれが出ておりますよ」

「でもあんたも、気にならないの?」

「私が、ですか? 大和様の水着姿を、ですか?」

「違うわよ!」


 華凛はベッドの上でガバッと飛び起きると、持っていたクッションを悠斗に向けて突き出した。


「るいるいのことに決まってるでしょ! あんたの初めての友達で。末永くお世話になる」


 ニヤニヤと意地悪そうに笑う華凛に、悠斗は表情を崩さないまま小さくため息をついた。あのゲーセンでのやり取りから華凛は、やたら悠斗のことをいじってくる。ここで華凛のことをいじり返すと逆効果なので口には出さないが。


「……富士見さんとは、あくまで今後の仕事や高校生活についての相談をし合える『友人』としての関係を築いたに過ぎません。お嬢様が面白がるような展開は何もございませんよ」

「ふーん? 本当にそうかしらねー」


 華凛がなおもからかうように目を細めた、その時だった。


 静かな海原で水面が激しく動き始める。それを合図に、悠斗もうちわを置きプライベートのスマホを耳にあてる。


『見えました。いまからそちらに』

「承知いたしました。華凛お嬢様が大和様に会えずにプンプンですので早急にお願いいたします」


 隣で「誰がプンプンよ!」と顔を真っ赤にしている華凛の声。

 そんな賑やかなやり取りを背に悠斗はクルーザーから身を乗り出し、こちらへ向かうクルーザーに手を振った。


「お嬢様、クルーザー同士の横付け準備をいたします。船内で少しお待ち下さい」


 ◇


「お疲れ様です、大和様。どうぞこちらへ。お手を」

「ありがとう悠斗君。四日ぶりだね」


 大和は悠斗の差し伸べた手をしっかりと握り、軽快な身のこなしで月若家のクルーザーへと足を踏み入れた。


「次は富士見さんです、お手を」

「……」

「富士見さん?」


 悠斗が同じように手を差し伸べるが、瑠衣は差し出された手をじっと見たままで、こちらへ手を出そうとしてこない。


「すみません、心の準備が……?」

「はい?」

「い、いえ失礼いたします」

 瑠衣はぎこちない動きで、自分の小さく白い手を悠斗の手のひらにそっと重ねた。


「おっと。……失礼いたします」


 震えている指先に気づき、悠斗は優しく月若家のデッキへと引き上げた。無事着地した瞬間に、瑠衣は勢いよく手を引き離した。


「……ありがとうございます、星原さん。エスコート、痛み入ります」

「いえ。……しかし富士見さんが緊張されるとは珍しいこともあるのですね」

「実はそのぉ……」


 瑠衣が何が言いたげにもじもじしていると、華凛が茶化すように瑠衣の脇腹をこづいた。


「『あたりさわりない恋愛』の十七巻でしょ? 予習してねっていったの良かったでしょ?」


 華凛の言葉に瑠衣はこくこくと頷いた。どうやら似たようなシーンがあるようだが悠斗はあまり理解できなかった。


「悠斗くん」

「はい? どうされました」

「うちを張ってたパパラッチのことを少し」

「大和様、そのお話は一体……」


 大和の口から飛び出したあまりに不穏な単語に、悠斗の背筋が冷やっと凍りついた。

 それは夏休みの最終日に学校前にいた記者たちのことだろう。


「あの出版社。僕のクラスメイトの親が関係していたらしい」

「それは、本当ですか?」

「『木村香帆』ってわかるよね。あの子が悠斗くんたちと接触してとお父さんに頼まれたらしい」

「あっ……」


 それはテストの後「わからない問題があるから教えてくれ」と言って悠斗のもとにまで来た女の子。あれは純粋な交流ではなく、親に誘導されたものだったのだ。もしあのまま親密になっていれば、月若家の令嬢である華凛の情報や、悠斗自身の身辺がすべて筒抜けになっていたかもしれない。


「悠斗くんに接触する『純粋な悪意』はどこから現れるか、わからないから……。今後とも気を付けてほしい。友達づくりとか」


 今までと違う弊害は確かにそれだ。あの学校では「月若家の執事」と名前を出している以上そんな接触もくる。


「わかりました。ご忠告ありがとうございます。ですが――」

「ん?」

「私の友達は、当分は富士見さんだけです。この事情を相談できて共有できる友人は、あの人以上の人は当分できないと思います。私にとって特別な存在ですから」


 悠斗がそう言うと、大和は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。


「だってよ、富士見! 悠斗くんにとって富士見は特別な存在なんだって」


 大和がわざとらしく声を張り上げた瞬間、少し離れたところで華凛と談笑していた瑠衣の肩がビクッと跳ね上がった。その後、手を握りしめ鋭い形相でこちらへやってきた。


「星原さん。前から思っていましたがあなたは表現がおかしい時がございます!」

「す、すみません」


 珍しく声を振り上げ頬を膨らます瑠衣の姿に思わずたじろいでしまう。

 華凛と大和はその様子をほほえましく見守っていた。

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