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執事とメイドのラブコメ  作者: 有明海
1章 一学期編

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25 執事とメイドのプリクラ(2)

 瑠衣の言葉が気になり、悠斗は撮影中も気が気でなかった。音声に従いポーズをしていくが心ここにあらずでいつの間にか時間は過ぎていた。


『撮影終了! 隣の「らくがきブース」へ移動してね』


 音声に従いながら悠斗と瑠衣は隣の幕をくぐると、別の機械が現れる。

 ここで「らくがき」ができるようでそれぞれの加工できるものがある。


「星原さん、顔真っ赤ですねどれも」


 表示された写真は、どれもぎこちない笑顔の瑠衣と赤面の悠斗がたくさんある。二人は一番マシな写真を選び震える手でペンを持つ。


「富士見さん、先ほどの言葉はどういう意味ですか?」


 ペンを持ったまま、悠斗は思い切ってあの空間での言葉について尋ねた。画面を見つめる瑠衣の横顔は、落書きブースの明るい照明に照らされている。


「……昨日思ったんですよ、あなたの仕事姿を見ていて」

「なにか、ありましたっけ?」

「あなたは月若の使用人として働きながらも、学園の二年生としての顔も持つ。昨日一件目のお店でのあなたはどちらでしたか?」

「それは勿論……」


「月若の執事として」と、すぐには答えられなかった。今考えるとあの空間での悠斗は、どっちつかずで曖昧。執事としての立場であれば、写真も断り後ろに下がっていたはず。

 クラスメイトとしての悠斗であれば、周りの使用人達の仕事を手伝うこともなかった。

 やっと気が置けたのも、二件目のカラオケの時。


 瑠衣はタッチペンを動かす手を止め、画面の中の自分たちをじっと見つめた。


「責めるつもりはありません。私も同じ立場であればそうなっていました」

「……はい」

「でも『どちらでもない』宙ぶらりんな状態が、星原さんだけでなく華凛様も苦しめている」


『華凛様を苦しめている』その言葉は悠斗が最も聞きたくない言葉。そして心のどこかでそうなのかと思っていた言葉。


「お嬢様は横顔は終始寂しそうでした。『私のせいで、クラスになじめていない』とも口にされていましたから。だからこそカラオケで制服を着て戻ってきた時は喜ばれていたのです」

「そう、だったのですか……」

「星原さんの葛藤は痛いほど理解できます。『普通』の恋愛も学校生活もわからない同士。相談しあえる方は他にいない。それが先ほどの言葉の意図です」


 彼女の言う通りかもしれない。月若と日ノ内の使用人でありながら同時に「普通の高校生」としての日常に付き従う。時々主人達から「普通の高校生カップルのデート」の演出を頼まれる。このあまりにも特殊な境遇を分かち合える人間なんて、世界中を探しても目の前にいる彼女しかいない。


「……そう、ですね。お嬢様にそんな思いをさせていたなんて……執事失格です。富士見さん、教えていただきありがとうございます」


 悠斗は自嘲気味にそう呟き、タッチペンを握る手に少しだけ力を込めた。自分の不甲斐なさに胸が痛む。そして隣にいる彼女の頼りがいに改めて感心してしまう。


「私も気づきがありましたので。これからは使用人としても、友達としても助け合いましょう」


 そう言って彼女は写真に『友達記念日』と文字を書いていく。友達とはなにか、いたことがない悠斗にはわからなかったが、華凛から借りたマンガを見て実感した。「心を通わせ、お互いを尊重し合える存在」それは隣にいる彼女だ。


「そうですね。――末永くよろしくお願いします」

「ふぇ……」

「どういうことよ悠斗!!!」


 突然、落書きブースのカーテンが勢いよく引かれ、そこから華凛が身を乗り出してきた。その後ろには、いつも通り涼しげな笑みを浮かべつつも、心なしか興味深そうに目を細めている大和の姿もある。


「お、お嬢様!? いつからそこに……!」

「『末永くよろしくお願いします』って何よそれ! プロポーズ!? いつの間にそんな関係になってたのよ!」


 顔を真っ赤にして取り乱す華凛の剣幕に、悠斗は慌てて両手を振って否定した。


「違います、誤解ですお嬢様! これはそのー……友達として! と言いますか。相談しあえる仲を今後ともよろしくお願いします! と言うニュアンスですよ!」

「そ、そうです華凛様! 星原さんはただ、言葉選びに致命的なミスがあっただけで……。ご想像のようなニュアンスではないかと」


 さっきまでアドバイスをくれていた瑠衣までも、タッチペンを握ったまま完全にフリーズしている。


「友達にそんな言葉使う奴があるか! 勘違いしたじゃない!」

「申し訳ございません」

「ほら早くして」


 促されるまま落書きコーナーを出ると、コイン投入口の隣からシールが印刷されてきた。そこには、二人の間に『友達記念日』の文字と複数のスタンプがちりばめられている写真だ。


「富士見、笑顔まだ固くない?」

「そうですか? これでも精一杯したつもりです」

「こう、口角をこう持ち上げて。ニコって!」


 三人がそんなじゃれあっているのを横目に、悠斗はスマホに先ほどの写真をこっそりダウンロードした。


 ◇


 日ノ内と時間差で帰るといういつも通りの時間の通り、悠斗と華凛は車に待機していた、運転手もいない二人きりの空間は久しぶりだったりする。


「楽しかったわね! ゲーセンって!」


 スマホのフォルダーをスクロールしながら楽しそうに話す華凛の姿に、悠斗も心が満たされていた。いつもならば普通のデートを希望する華凛にとっても今回の、普通ではない貸し切りデートは満足するものだったらしい。


「お嬢様、昨日は申し訳ございませんでした。ご心配をおかけしたと富士見さんから勝手ながらお聞きしました」


 悠斗が真っ直ぐなトーンでそう切り出すと、華凛はスマホを操作していた指をぴたりと止めた。


「……るいるい、余計なこと言ったわね」


 ふいっと目を逸らした華凛の視線は窓の方へ向く。


「ただ、私たちがあなたをこういう立場に巻き込んでしまっているから。るいるいとあなたには、使用人の前に一人の人間なんだから楽しんでほしかっただけよ」

「そのお気遣いに気づけませんでした」

「ごめん。私や大和が何をいってもあなた達を困らせるわね。私と悠斗の立場は明確に違うのだから」


 その言葉は、不変的な事実。


 主と使用人。

 使用人として悠斗が提案、行動をすることで主達を知らぬ間に悩ませてしまうこともある。

 その逆で華凛達の気遣いが、使用人達を板挟みにさせてしまうこともある。


 近いようで遠いこの関係は、時に矛盾を生んでしまうことがある。


「いえ、お嬢様。ありがとうございます」

「……なにが?」

「このような経験をくれたことですよ。いつもよりこの一か月は疲れましたが……楽しかったです。人間として成長できました」


 これまでの悠斗の人生は月若の執事として育てられた。

 学校は楽しむものではなく、月若の執事として胸を張るためであり。

 友人など必要もない。ましてやデートなどは自身の人生からかけ離れたものと達観していた。


 だけどこの一か月、普通の高校生のデートを強要され、それになっていないと勉強しろと怒られる。デートの付き添いに、転校、クラスメイトとの打ち上げ。


 それに瑠衣との出会い。


 どれもが未体験で、執事としてはかけ離れた、本来なら必要のないはずのものばかり。

 けれど、その今まで知らなかった世界こそが、自分を人間として成長させるきっかけになってくれたのだと、今の悠斗ははっきりと実感していた。


 だから今は、執事としてでなく。


「ありがとう――華凛。君の執事としてこんな体験をさせてくれて。」


 一緒に育って、隣にいた同い年の星原悠斗としてお礼が言いたくなった。


「あ、あんたね……! な、なによそれ! 呼び捨てにするなんて、執事として、その……大問題なんだからね!」


 バタバタと足を動かす姿は、いつもの傲慢なお嬢様とは程遠い、ただの動揺した同い年の少女そのものだ。


「申し訳ございません。つい、今だけは星原悠斗として伝えたくなってしまいまして。……お怒りでしたら、いかようにも罰を」

「お、怒ってないわよ! 怒ってないけど……もういい!」


 華凛はフンと鼻を鳴らしたが、その口元には隠しきれない笑みがこぼれていた。


「ならこれからも勉強しなさい! 普通の高校生のこととか、恋愛のこととか。あんたたちは大人すぎるのよ! もっと子供らしくしなさい」

「承知いたしました。お嬢様」

「それと私と大和の無茶振りは当分あるんだから……なんかあったら瑠衣にでも相談しなさい。友達なんでしょ、悠斗の初めての」

「はい」


 肘をつく華凛もこちらに笑顔を向けてくるがそれはいつものと何か違う。子供の頃、悠斗には向けてきたような優しく姉のような笑み。そんな顔にどこか懐かしを感じながらまじまじと見てしまう。


「なに……じーっとみて」

「いや。夏休みが楽しみだなと思いまして」


恥ずかしさを誤魔化すように悠斗は別の話題を出した。


「そうね。海楽しんでバーベキューして、大和とイチャイチャする。最高の一か月を過ごすんだから!」

「私もサポートいたします。どこまでも」


今年の夏は去年とは違う、より楽しいものになりそうだ。悠斗はそんな期待感を胸に目を瞑った。

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