23 執事とメイドのカラオケリベンジ
お店を出ると時間は二時半だった。お店前では迷惑になると流れで近くの公園にまで来ていた。
「この後どうする?」
「解散でもいいんじゃね?」
どうやら解散する流れになってきているが、それはこちらにとっても好都合だ。悠斗はこの流れに乗って帰宅を促そうと、華凛を探すと何やら電話をしているようだった。
「お嬢様、このまま解散の流れになりそうですがいかがいたしますか?」
電話が終わったのをうかがいそっと耳打ちをすると、満足そうな笑みを浮かべた。
「まだ解散しないわよ。時間はまだまだあるから」
「え? それはどういう……」
悠斗は思わず聞き返した。解散ムードのクラスメイトたちを前に、一体何を考えているのだろうか。
「私、ずっと悔しいことがあるの。それを今日発散したいの」
華凛はくすくすと笑っているが、この笑顔の時は碌なことがない。
「みんな、この後カラオケ行かない? お店はうちのとこだけど」
その提案に、解散しかけていたクラスメイトたちが「えっ?」と足を止める。
「私、カラオケってしたことないのよ。漫画とかではよく見るけど」
「「え」」
思わず悠斗と瑠衣の声が重なってしまう。どうやら日ノ内でセッティングした前回のドームは、華凛の中ではカラオケとしてノーカウントらしい。
隣の瑠衣を見ればショックからか硬直している。
「今、家の人から『セッティングしておいたのでご自由にどうぞ』ってきたから。もしよかったらみんなでいきましょ」
想定していなかっただろう提案に、クラスメイトたちは目を合わせるがそれもすぐになくなり大きな声が上がる。
「え、月若さんが普通のカラオケ!? 行く行く、超行きたい!」
「確かに解散するにはまだ早いしな!」
二人の内心の激震など露知らず、クラスメイトたちは「お嬢様の初めてのカラオケ」というパワーワードに、一気にテンションを爆発させた。
「星原さん」
「はい……」
魂が抜けたような瑠衣が隣に来ると、悠斗も気が抜けた返事しかできなかった。
「どういうことですか」
「私にはなにも……」
「それもお嬢様の中ではあれは悔しいことなのですね」
「らしいですね……」
どこから許可が下りたのかはわからない。ただ確実に言えることは、『打ち上げの時間』はまだ続くということだろう。
◇
案内されたのは、月若系列店のカラオケ店の大部屋。
クラスメイトたちが一部屋に余裕で収まるほどの広さがあり、中央には高級感のあるローテーブル、それを囲むようにふかふかの特大ソファが並んでいる。もちろん、華凛の要望通り、テーブルの上には山盛りのフライドポテトや唐揚げが並べられている
「うわぁ……! これよ、これが見たかったの!」
クラスメイトたちも、流れるようにソファに座っていく。いつの間にか華凛の隣に並んでいた瑠衣も、流されているようにポテトを摘まんでいる。これならお嬢様の安全も保障されるか、と悠斗は安堵し部屋を後にした。
悠斗たちが集まっているフロアの部屋は一部屋を除いて埋まっている。ただそれは全員月若ということもあり、全員顔見知りだ。
「お疲れ様です。星原です」
『――やあ、悠斗。そっちの様子はどうだい?』
悠斗が空き部屋の受話器を手に取ると案の定、見知った先輩執事の声が聞こえてくる。
いつも本邸でお世話になっている見知った先輩執事の、穏やかで頼りがいのある声だった。
「お嬢様は非常にご満悦です。クラスメイトの皆様もお楽しみしています」
『それは良かった。これは私達使用人からお嬢様へのプレゼントだ。あの方は月若と言う生まれのせいで苦労しているところもあるからな』
受話器から聞こえてくる先輩執事の優しい声音に、悠斗は小さく目を見開いた。これは旦那様の命令ではなく、本邸で働く使用人たちが自発的に計画し、お嬢様に贈ったサプライズだったのだ。
「皆様からの、プレゼントですか……」
『それと君も制服に着替えなさい。でないと、お嬢様もご学友も気を使ってしまう。今日は十六歳の星原悠斗として楽しんできてくれ』
先ほどのご飯の時もクラスメイトとして楽しめているとは思えなかった。だからこそ先輩執事のその言葉は、悠斗の胸に深く刺さった。
「……ですが、私は護衛として――」
『バックアップなら、このフロアを埋め尽くしている私たちに任せなさい。君も高校生なんだ。楽しんで』
無を言わせない口調で電話は切られた。
数分後。
黒いスーツから、クラスメイトたちと同じ制服へと着替えた悠斗は、ネクタイを少しだけ緩め、大部屋のドアを静かに開けた。
「あ、星原くん戻ってきた! って……あれ!?」
「星原、お前、制服に着替えたのか!?」
部屋に戻るなり、クラスの男子たちは悠斗の姿を見るなり声を上げた。
ソファの特等席に座っていた華凛も、悠斗の方を見てこちらに駆け寄ってきた。
「悠斗……! その格好……!」
「はい。いつまでも私一人が仕事着のままでは、皆様の興が削がれてしまうと思いまして。……お騒がせしてすみません、私も混ぜていただいてもよろしいでしょうか?」
悠斗が少し照れくさそうに頭を掻きながら微笑むと、クラスメイトたちは「当たり前だろ!」「むしろそっちの方が話しやすいわ!」と、大歓声で悠斗をソファの空きスペースへと引っ張り込んだ。
「こちらにどうぞ」
瑠衣がいつの間にか空いていた席へと悠斗を誘導する。
促されるままに彼女の隣へ座ると、瑠衣は表情を一切変えないまま、自身のスマートフォンの画面をスッと悠斗の目元に見せてきた。そこには、メモアプリに入力された文字が並んでいる。
『使用人ではなくクラスメイトとして楽しみましょうね?』
悠斗も小さく笑い、ネクタイの結び目を少しだけ緩めた。
「ちょっと二人で何をこそこそ話してるのよ! ほら悠斗、るいるいも次の曲決めるわよ!」
マイクを両手に持った華凛が、ソファの対面から身を乗り出して二人を急かす。その笑顔は、これまで見たどんな時よりも輝いていた。




