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執事とメイドのラブコメ  作者: 有明海
1章 一学期編

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22 執事と打ち上げ(2)

 その後も、悠斗にとっては未体験なことの連続だった。

 例えば――。


「ねぇ星原くん!」

「はい、どうされました?」


 賑やかな声に呼ばれて振り返ると、クラスの女子生徒がスマートフォンを手に、少し頬を染めて立っていた。


「写真を撮らせてくれませんか!」


 その直球な要望に、悠斗は内心で一瞬だけ身構える。


 自身の容姿や情報が不特定多数の目に触れる場所に流出することはあまり好ましくない。それがどれほど無邪気なものであっても、安易に承諾するわけにはいかなかった。やんわりとお断りするための言葉を探しつつ、できるだけ物腰柔らかく尋ねる。


「えっと……理由は、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「実は私、美術部なんで。 星原くんのその立ち姿とか、スーツの着こなしがすごく綺麗だから……今度描く絵のポーズの参考にさせてもらいたくて」


「絵の、参考ですか……?」


 まさか「モデルになってほしい」という芸術的な理由だとは思わず、悠斗はパチクリと目を瞬かせた。

 セキュリティの観点からどう切り抜けるべきか考えていると、対面に座る華凛が気楽な調子で口を挟んできた。


「別に写真くらいいいじゃない?」

「うーん、そうですかね……お嬢様」

「そもそも、週刊誌にバレてるんだし。それに悠斗は昔から私といるんだからとっくに顔われてるわよ」


 華凛の身も蓋もない正論に、悠斗はぐうの音も出なくなった。確かに、月若の令嬢の影に常に控える最年少執事の存在は今更隠しようのない事実。社交界、パーティ、華凛の外出時には高確率で悠斗が後ろに控えてる。今回のことで、考えすぎていたのかもしれない。


「わかりました。数枚であればいいですよ、普通に立てばいいですか?」

「じゃあまずはいつも通りの感じで立ってください」

「はい。それなら」


 悠斗は立ち上がり、へその前に両手を結ぶとフラッシュが焚かれた。


「じゃあ……じゃあ……次は右手で、手袋の指先を少し口で咥える感じでお願いしたくて」

「すみません、それは少し……。手袋も大事な仕事道具ですので、口に含むような真似は少々憚られます」

「あ、そうですよね! 変なこと言って調子に乗ってすみません……!」


 申し訳なさそうに両手を合わせる美術部の女子生徒。悠斗は「いえ、お気になさらず」と優しく微笑みかけた。すると、そのやり取りを見ていたクラスの男子が、ひょっこりと横から顔を出して何かを差し出してきた。


「じゃあ、これ使えば? なんかさっき、店員が『これをスーツの男性にお渡しください』って持ってきたんだけど」

「……はい?」


 渡されたのは銀色のトレイとカクテルグラス。そして、使い捨ての白手袋。普段使いしているものより作りが貧相で粗いものだ。

 ここはファミリー層向けのしゃぶしゃぶ専門店。礼装用手袋と銀トレイなど置いてあるはずがない。


「え、しゃぶしゃぶ屋さんにこんなの置いてあるの!? すごいね月若って」

「……はい。備えあれば憂いなしと言う奴ですね」


 無邪気に新品の手袋を勧めてくる男子生徒たち。ここで「これはうちの備品でして」と説明するわけにもいかず、悠斗は小さく息を吐いた。


「……お借りします。では咥えさせていただきます」

「本当!? やったぁ、ありがとう星原くん!」


 そこから、「創作上の執事」風のポーズをひたすらしていった。


 ◇


「はぁ……まさかこんなことになるなんて」


 結局あの後、美術部の撮影会に留まらずクラスメイトたちと記念のツーショットを次々に撮られたり、店舗の手伝いをしたり悠斗は動き回っていた。落ち着いて座れたのは、食べ放題コースの終了十分前だった。


「星原さん、お疲れ様です。人気者ですね」


 隣から、すまし顔の瑠衣が冷たいグラスを差し出してくる。彼女たちの鍋はすでに綺麗に片付けられており、デザートのアイスをスプーンで掬っていた。


「人気……ではないと思います。あなたもあの恰好をすれば同じリアクションされるかと」

「私は華凛様や星原さんと違って目立つのは嫌いなので」

「でしょうね……。私もですよ」

「それより、残り十分しかありませんよ。まともに食べていないのでしょう? ほら、早く口に運んでください」


 悠斗の手元にはいつの間にか、お肉が数枚載った皿が置かれている。この感じは瑠衣が置いてくれたのだろう。流石に月若のお店ということで、とてもおいしい。これを手ごろな値段で出せるというのは、企業努力の賜物だ。

 そして、お肉が残り一枚になったところで、彼女はふいにとんでもないことを口にした。


「あと……それを食べ終えたら、私ともツーショットを撮ってください」

「――ぶっ、ごほっ、ごほっ!」


 予想だにしなかった言葉に、悠斗は喉にお肉を詰まらせそうになって激しくむせた。慌てて手元の水を飲み干し、信じられないものを見る目で変装したメイドに振り返る。


「……富士見さん、今なんて?」

「ですから、写真を撮ってくださいと言ったのです」

「なぜですか……流石に私達の姿を形として残すのはまずいかと」

「あの一番上よりお願いされたのです。具体的には『うちの富士見を呼び出すなら、それ相応のものを持ってこい』とのことです」


 一番上と言うのは大和より上――つまりそれは、日ノ内の現当主のこと。そこからの「お願い」というものなら断ることができない。


「なるほど、それなら仕方ありませんね。……喜んでお付き合いしますよ、富士見さん」


 悠斗が少し表情を崩すと、制服のポケットから自身のスマートフォンを取り出したのだ。


「では、はいチーズ」


 瑠衣に任せ、シャッターを切ってもらうと、画面上には不器用な笑顔を浮かべる二人の顔がある。画面の上に映し出されたのは、どこか不器用な笑顔を浮かべる二人の顔だった。パパラッチを前にした時の鋭さも、クラスメイトたちに見せていた完璧な執事のポーカーフェイスもない。そこにあるのは、激動の一日を終えて等身大の疲れが滲み出た、ただの高校生としての顔だった。


「いいですね。こっちの方が星原さんらしいというか」


 画面を確認した瑠衣が、小さく微笑む。


「……そうですか? かなり締まりのない顔をしている自覚があるのですが」

「いつも張り詰めすぎているのですよ。たまにはそのくらい、気が抜けている方が人間らしくて安心します」


 彼女はそう言って、スマホ画面を眺め続けていた。


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