21 執事と打ち上げ(1)
『――はい、ありがとうございます。それでは』
スマートフォンを耳から離し、通話を終えた悠斗は、素早く表情をビジネス用の完璧な笑顔へと切り替えた。
「お待たせいたしました、皆さま。ご準備ができましたので向かってください」
一学期の最終日、お昼の終業式を終えた放課後。
クラスの面々が教室を飛び出していく中、悠斗は「安全確認がすべて完了した」と、華凛と瑠衣へ目配せで伝えた。
「さすがね、悠斗。手際が良いわ」
「お嬢様に楽しんでいただくためですから。それより。変装を強いてしまいお手数おかけいたします」
今回は、華凛には変装として黒のウィッグを被ってもらっている。華凛も普段から慣れているし「問題ない!」と言ってくれるので大変やりやすい。
「……富士見さんも、ご協力感謝します」
華凛に続いて歩き出した瑠衣に声をかけると、小さな声で返してきた。
「当然です。大和様からもお願いをされておりますので」
「ありがとうございます。――それにしても皆さんお優しいですね」
今回の打ち上げの費用は、月若の事情に巻き込んでしまう為悠斗のポケットマネーから出そうとした。しかし、「それではクラスでの打ち上げにならないから、みんな割り勘になるようにしたい」と言ってくれた。おかげで、身銭を切ることなく経費も抑えることができた。
「……本当に、華凛様は周りの人々に恵まれていますね。流石です」
瑠衣の言う通りそれもあるのだろうが、日ノ内の教育も一役買っているのもわかる。改めて転入していい学校だったなと、今回で確信が得られた。
「そうですね。だからこそ、今日は絶対に良い思い出にしないといけませんね」
「私も協力できることは何でも致します」
頼もしいライバルの言葉に、悠斗は完璧な執事の笑みを浮かべ、声のトーンをわずかに落とした。
「それでは、お嬢様を目的地までお送りください。私は校門前の怪しいバンと、学校前のマンションでこちらを覗くカメラにいたずらをしてまいります」
口にした悠斗に、瑠衣は一瞬だけ呆れたように目を細めたが、すぐに小さく頷いた。
クラスメイトが全員外に出たのを確認したのち、悠斗は燕尾服に着替えた。
◇
悠斗が遅れてお店に入ると、楽しそうにはしゃぐクラスメイトたちの賑やかな声が聞こえてくる。
今回の打ち上げ会場は、ファミリー層や学生に大人気のしゃぶしゃぶ専門店。とはいえ、そこは月若系列の息がかかった店舗ということもあり個室を用意をしている。それに、フロアの従業員はすべて月若家直属の使用人で固め、カモフラージュとして何人かの一般客を紛れ込ませるという徹底ぶりだ。
「お嬢様、お楽しみ中に失礼いたします」
クラスメイトとはしゃぐテーブル席へ歩み寄り、悠斗はいつものように完璧な執事の礼を尽くした。トングを持った華凛が、パッと顔を輝かせて振り返る。
「あ、悠斗! 遅かったじゃない。……そっちの用事は片付いたの?」
「はい。お嬢様以外の方へも害が及ぶものでしたので排除――おっほん。対応いたしました」
「……暴力とかはしてないでしょうね? 犯罪もダメよ?」
「勿論です。お話をしていただけです。お写真も見せていただいて、そこにはたくさんのお花の写真がございました」
悠斗は胸ポケットのチーフを整えながら、一点の曇りもない笑顔で答えた。レンズの中には華凛をはじめとするクラスメイトの写真が大量に入っていた。
だからこそ悠斗は彼らにこう伝えた。
『裁判になるし、月若の法務部は非常に強力ですよ』
『もしこの写真が世に出れば、五大財閥に関わるすべての商業施設・飲食店・系列会社において、ご親族諸共に出入り禁止の措置になってしまいます』
と諭させてもらった。これもあり何とか丸く収めることができた。
「ならいいけれど。……ありがとね、クラスの子も守ってくれて」
「いえ。大変話の分かる方々でしたので問題ないでしょう。お嬢様、どうぞこの時間をお楽しみください」
悠斗がそう言って一礼すると、華凛は少し呆れたように微笑んだ。
「カッコいい……」
そのやり取りを間近で聞いていたクラスメイトの男子のひとりが、呟きを漏らした。それを合図に、周りからも大きな歓声が上がった。
「おい聞いたかよ今の『対応いたしました』って! 映画とかアニメじゃん」
「しかもスーツに白手袋とか……星原くんかっこよ!!」
同級生がお金持ちということはあるかもしれないが、同級生が執事ということはそうそうない。だからこそ彼らはこうも盛り上がっているのだろうが、何かむずがゆい。
「おい、星原のこっちこいよ」
「星原君、こっち座って! お話聞かせてよ!」
一気にお祭り騒ぎの中心へ祭り上げられ、質問攻めにされる悠斗。
すると、盛り上がる女子生徒のひとりが、隣で静かに烏龍茶を飲んでいた瑠衣へと矛先を向けた。
「ねぇ、富士見さんも今の星原君、カッコいいと思うよね?」
「……え?」
突然話を振られた瑠衣は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにいつもの完璧な優等生の微笑みを浮かべ、悠斗の方へと視線を向けた。
「……はい。まるで小説の中から出てきたようで、とてもカッコいいと思います」
想定していなかったストレートな高評価。
瑠衣のその言葉に、クラスの女子たちは「キャー!」とさらに色めき立ち、悠斗は顔がカッと熱くなるのを感じた。




