20 執事とお嬢様への打ち上げのお誘い
「あのぉ……月若さん、星原くん」
テストのご褒美も終わり、夏休みまで残り一週間。朝の教室へ登校すると、席に着く間もなく、クラスの男女数名が少し緊張した面持ちで声をかけてきた。
「何?」
「今学期の最後の日、クラスのみんなでお疲れ様会をしようと思ってるんだけど……。二人は難しいかな? お家のことで……」
「だそうよ、悠斗」
どうやら、どこかへ行こうという誘いらしい。これには悠斗も迷ってしまう。クラスメイトたちを信用していないわけではない。彼らが純粋な好意で誘ってくれているのは分かっている。
それでも華凛は五大財閥の一角の月若なのだ。
同い年の『星原悠斗』であれば、華凛に普通の女子高生らしい思い出を作ってほしいし。しかし、月若家の使用人としての『星原悠斗』からすれば、主人の安全確保や、他家との体面を考えると、行ってほしくないというのが本音だ。
「……お嬢様はどちらがよろしいですか?」
悠斗が苦い顔をしながら聞くと、隣からは満面の笑みで答えが返ってくる。
「行きたいに決まっているじゃない?」
「ですよね……」
予想通りの即答に、悠斗は思わず肩の力を抜いてガックリとため息をついた。
「……旦那様と奥様にお電話をしてもよろしいですか?」
「そんな大ごとにすること?」
「そうですね。他の使用人に相談したら絶対に猛反対されますので、恥ずかしながらこのような方法をとらせていただきます」
悠斗はそう言い残すや否や、クラスメイトたちが唖然とする前で教室の窓枠に足をかけ、そのままふわりと中庭へ飛び降りた。ここから校舎裏の静かな場所に身を隠すまで、ものの数秒。
旦那様たちは現在、仕事でカナダのモントリオールに滞在しているはず。サマータイムも考慮した時差を考えると夜十九時を回ったあたり。夕食を取っているか、あるいは一息ついている時間帯で、スマートフォンを直接取れる確率は極めて高い。
「夜分遅くに恐れ入ります、旦那様。星原です。……お嬢様の学校生活に関することでご相談を」
『あれゆーちゃん! 電話して来るなんて珍しいね』
電話を取ったのは想定していた人物ではなかったが続けることにした。端末から聞こえてきたのは、想定していた旦那様の声ではない。
「奥様お疲れ様です。今回は恥を承知でご相談したく……旦那様も近くにいらっしゃいますか?」
『うん、スピーカーにするね』
受話器の向こうから聞こえてくるであろう「次の声」を待ちながら、静かに背筋を伸ばした。
『どうした悠斗ー? 相談って』
「旦那様お久しぶりです。実は折り入って相談が――」
悠斗は校舎の壁を背に、誰にも聞かれないよう声を潜めながらスマホに話しかける。
「一学期の最終日に、お嬢様のクラスでお疲れ様会――いわゆる打ち上げが企画されまして、お嬢様をご招待したいとクラスメイトから申し出がありました。お嬢様ご本人は非常に前向きなのですが……」
『あー、なるほど。クラスの集まりか。いいじゃん』
旦那様の予想以上に軽いトーンに拍子抜けしつつも、悠斗は引き締まった声で自身の見解を述べた。
「私としましては、お嬢様の社会経験としても良い機会なのではと考えております。しかし、お二人の教育方針にそぐわない場合は、私からお嬢様を説得し、お断りさせていただきます」
『いいに決まってる。……ただし、条件が三つある』
「はっ」
悠斗は校舎の壁を背に、思わず背筋を正した。
『一つは、お前もその集まりに参加すること。華凛の護衛としての役割を徹底しなさい。そして二つ目は……華凛が友達と楽しんでいるところを、お前が責任を持って写真に収め、随時こちらに送りなさい』
「承知しました」
『そして三つ目は、学校にいる日ノ内のメイドを使いなさい。彼女に協力を取り付けよう。あとは、普段のマニュアルに沿って対応するように』
お二人も『富士見瑠衣』の存在を認知しているようだ。それに驚きながらも、前向きな返事に悠斗は安堵した。
『普通の高校に転校するといったときは驚いたが……その感じは上手くやっているようだな』
「はい。ご学友も多くクラスでは人気者です」
『それは良かった。あの子にもよろしく伝えてくれ。ではそろそろ切るからまた今度な』
「はい。お忙しい中ありがとうございます」
通話が切れたスマートフォンの画面を見つめ、よし、と小さく気合を入れる。
窓から飛び降りてきた時よりもずっと軽い足取りで、悠斗は待たせている主人のもとへと、教室へと引き返した。
教室の扉を開けると、先ほど声をかけてきたクラスメイトたちと、どこかそわそわした様子の華凛がこちらを一斉に振り返る。
「お嬢様、お待たせいたしました。旦那様と奥様より、お疲れ様会への参加の許可をいただけました」
「うん。ありがと。まぁどうせそうだとは思ったけど」
華凛がパッと表情を輝かせ、クラスメイトたちからも「お、マジか!」「月若さん来てくれるんだ!」と歓声が上がる。
「ただ条件として、月若のマニュアルに従ったお店選びと警備をと。お嬢様が学内で一番信頼されている『女性の生徒』を一名、一緒に連れて行くようにとのことです」
「ふーん……。一番信頼できる、ねえ?」
華凛はわざとらしく人差し指を顎に当てると、すべてを察したように不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ決まりね。――るいるい、連れて行くわ」
その言葉によって瑠衣のもとへ視線が集中する。悠斗は彼女と視線を合わせ、目だけで『申し訳ないが、お嬢様の安全確保のために付き合ってくれ』と必死に訴えかける。
「なるほど。月若さんが行かれるのでしたら、私もぜひご一緒させてください。……それに、少し興味もありましたから」
クラスからも歓声が上がると、華凛の前にいた女子がおずおずと尋ねてくる。
「勿論じゃあ……」
「うん。私と悠斗も参加するから皆よろしくね?」
こうして、夏休み直前のクラスお疲れ様会への参加が正式に決定した。




