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執事とメイドのラブコメ  作者: 有明海
1章 一学期編

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17 執事と分からない気持ち

 夏休みまであと二週間。

 クラスメイトたちはそれに浮足立っているのかいつもより騒がしい。


「ねえ、星原くん。勉強を教えてよ」


 そんな喧騒を割って、悠斗の席の前に一人の女子生徒がノートを抱えて立っていた。


 不意に声をかけられた悠斗は、手元のタブレットから顔を上げる。

 悠斗の今回の成績は学年二位。とはいえ、周囲から見れば「頭がいい」と思われることに変わりはない。試験が終わった今でも、こうして勉強を教えてほしいと頼られることは珍しくなかった。


「あ、うん。えっと……」

「木村香帆。隣のクラスだよ、ごめんね急に」


 人懐っこい笑みを浮かべる香帆は、抱えていた数冊のプリントを悠斗の机の上に軽く広げた。


「木村さん、ですね。いや、大丈夫ですよ。それで、どのあたりが分からないんですか?」


 隣のクラスの生徒とは大和以外面識がないため、「なんで?」とも思ったがせっかく来てくれたのなら答えてあげるべきだ。他クラスにまで自分の成績の噂が広まっていることにほんの少しの誇らしい。


「ここ、一学期の復習課題なんだけどさ。皆に聞いたら『隣のクラスの悠斗くんの教え方わかりやすかったよ』って言われたから」

「なるほど」


 たしかにこの問題は学年で数人しか解けなかったという問題。それに数学の先生は教え方が分かりにくいと評判だ。


「なるほど、この応用問題ですか。確かにこれは、公式をそのまま当てはめるだけじゃ解けないようになってますね」


 悠斗は香帆のプリントを覗き込み、手元にあったシャーペンを手に取った。

 悠斗が解説している間に、うんうんと頷きながらメモを取っている。時折わからないところも質問して来るので、本気で理解しようとしてくれているのが目に見える。


「すごい、星原くん! 先生の説明より全然わかりやすいよ。みんなが言ってた通りだあ」

「いえ、大袈裟に言っているだけですよ」

「ううん、本当に助かった! あ、じゃあね、こっちの体積を求める問題も聞いてもいいかな……?」


 香帆は嬉しそうに距離を少し詰め、次のプリントを差し出してくる。そんなグイグイ来る彼女に悠斗は気圧されていた。今まで関わってきた華凛や瑠衣とも違う感じがむずがゆく距離感の掴み方が分からない。


「……星原さん。そちらの問題ですが」


 突如として、隣から手が出てくる。振り返ると、いつの間にか席を立った瑠衣が悠斗と香帆を見下ろしていた。


「えっ、富士見さん?」

「その問題は、こちらの別解を使ったほうが解きやすいかと」


 香帆のノートの余白に、瑠衣は迷いのない手つきで数式を書き加えていく。無駄のない、美しく整った文字。


「あ、富士見さん……!」

「すみません。お二人の話が気になってしまって、口を出してしまいました」


 そこからは悠斗が口を出すこともなく、瑠衣が淡々と解説をしていった。彼女の教え方は、例えを使った自分の表現よりもわかりやすく、香帆からも質問が出ない状況だった。それほど教え方が上手と言うことなのだろう。


「富士見さん、ありがと! このやり方でやってみる。星原くんも助かったよ!」

「いえ、最後は富士見さんに任せっぱなしだったのでなにも」

「そんなことないよ! 今度お礼するね! じゃあばいばーい!」


 嵐のような勢いで、香帆はノートを抱えて教室を出て行ってしまった。

 残された悠斗の席の横には、未だにすっくと佇む瑠衣が一人。


「……さすがは学年首席ですね。出る幕はありませんでした」

「別に、あなたの教え方を否定したくて割り込んだわけではありません」

「え?」

「ただなんとなく……私が教えたほうがいいかなと。横槍をいれてしまいすみません」


 別に横やりとは思っていないがどうやらそう思わせてしまったらしい。悠斗も気にしていなかったのだが、申し訳そうな顔の瑠衣を見ているとこちらまで申し訳なくなる。


「別に横槍なんて思ってないですよ。実際、富士見さんの解説の方が圧倒的に分かりやすかったですし……私も勉強になりました」


 悠斗が少し頭を掻きながら素直にそう告げると、瑠衣は意外そうな顔をして、それから「……そうですか」と小さく呟いた。


「それにしても……富士見さんが『なんとなく』で行動するなんて、珍しいこともあるんですね」


 悠斗が少しからかうように言うと、瑠衣は頬を膨らまし抗議をしてきた。


「私だって……人間ですから、たまには理屈に合わない行動をとることもありますよ。ロボットではありません」

「……っ」


 いつも感情を顔に出さない瑠衣が、子供のように頬を膨らませてむくれている。そんな珍しい所作に悠斗は言葉を失って息を呑んだ。


「星原さん……星原さん!」

「あ、すみません。ぼーっとしてしまって」

「何か体調でも悪いんじゃ」


 心配そうに眉をひそめる彼女に、悠斗は「いえ、なんでもないです」と慌てて手を振る。


 体調は悪くない。毎朝確認しているメディカルデータに異常はないし、睡眠量もメンタルケアも完璧、業務上の問題も何一つない。

 それなのに――なぜかここ最近、悠斗の中にはこれまでの人生で一度も体験したことのない、未知の感覚が湧き上がることが多かった。


「顔が赤いですが……」


 ただ赤くなった顔を隠すように、そっぽを向くことしかできなかった。

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