15 執事とメイドと勉強会
「そろそろ一学期の期末試験が近いので、明日から部活禁止期間に入ります。各自、しっかり勉学に励むように」
ホームルームの終わり、担任が告げたその声に、悠斗は小さく背筋を伸ばした。
ここ最近は、お嬢様たちのデート事情や下見の件に巻き込まれてばかりで、なかなか自分のことに集中できていなかった。しかし、学生の本分はやはり勉強だ。この学校へ転入してきてから初めて迎える大きな定期試験ということもあり、悠斗は密かにやる気を出して張り切っていた。
◇
「さぁーってやりましょ。勉強を教えなさい」
旧校舎の美術室に華凛の大きな声が響き渡る。いつもはこの秘密の場所で、デートのことや大和とイチャイチャをしているが今回は違う。
「恒例ですね。これは」
毎度、試験となると華凛への勉強イベントが発生する。華凛は理系科目が得意ではないため、悠斗が家庭教師のように指導している。ただいつもと違うのは――。
「こういうのって、教える役一人で生徒役が三人って感じじゃないの? 私一人に三人で教えるなんて無駄じゃない?」
悠斗は手に持った赤ペンを回しながら、目の前の光景に困ったような笑みを浮かべるしかなかった。
華凛の言う通り、机を挟んで座る生徒役の華凛に対しそれを囲むようにして立っているのは悠斗、大和、そして瑠衣の三人だった。指導役が三人に対して、生徒が一人の完全な飽和状態だ。
「この話をしたら是非お二人もと言うので」
「まぁいいけど。大和教えて~!」
華凛はそう言いながら、大和に甘えた声を出す。
大和が優しく微笑みながら華凛の隣に座り丁寧に解説を始めた。華凛は嬉しそうだけど、悠斗としては「本当に集中して勉強してくれるのか」不安で仕方ない。ただ大和の影響で乗り気になっているから水を差したくないのも確かだ。
「そういえば悠斗くんは頭いいの? 華凛に教えるんだからそうなんだろうけど」
「どうですかねえ? 一応前の学校ではずっと一位でしたけど、ここではどうか」
「うげぇ流石だね」
「月若の執事として、『勉強ができない』は笑いものになってしまいますから」
悠斗が張り切っていた理由としては「月若華凛の執事」と周りに知られているのも要因。泥を塗るわけにはいかない。
「……その通りです。星原さんの言う通り、使用人として凡庸な成績であっては示しがつきません」
大和の隣で、これまで静かに戦況を見つめていた瑠衣が、感情の起伏のない声で補足した。
「大和様、華凛様が教科書から目を離し大和様の顔を凝視しております。お二人とも集中してください」
「あ、ああ、ごめん。……ええっと華凛、だからここは指数関数のルールを利用して……」
「るいるい、私が真面目に勉強するわけないじゃない! これも大和とイチャイチャするためのイベントよ」
ドヤ顔でそんなことを言ってるが悠斗からすれば溜まったものではなかった。旦那様から華凛の学業を含めた身の回りの世話を一任されている以上、もしここで彼女が下手な成績を取れば、当然ながら悠斗が叱責を受けることになる。悠斗からしたらたまったもんじゃない。
「お嬢様、やる気を出してください。じゃないと、今回のご褒美はなしですよ」
「……わかったわよ。はぁー」
悠斗の冷ややかな言葉に、華凛は渋々といった様子で再びペンを動かし始めた。
「星原さん、その『ご褒美』というのは……?」
怪訝そうに尋ねてくる瑠衣に、悠斗は苦笑いを返す。
「……恥ずかしいお話ですが、お嬢様のやる気を引き出すにあたって、この『ご褒美を与える』という方法を導入しているのですよ。大和様と違って、うちのお嬢様は基本的に不真面目ですので」
このご褒美というのは、試験の成績に応じて月若家――正確には旦那様のポケットマネーから出るものだ。馬の鼻先に人参をぶら下げるのはいささか子供っぽいやり方かもしれないが、我が儘なお嬢様を机に向かわせるには、これが最も効率の良い最善の方法だった。ちなみに、前回のご褒美は『フランス三泊四日の旅』。高校生の定期試験の対価としては、あまりにスケールが大きすぎる。
「じゃあ、僕からも何かご褒美をあげるよ」
「えぇっ、大和から!?」
「この前のデートプランで僕の口座のお金が結構飛んじゃったから、そんな大層なことはできないけどね……」
「全然大丈夫! 大和からもらえるなら、私、なんだって嬉しいわ!」
先ほどまでの死んだような目が嘘のように、華凛の瞳がキラキラと輝き出す。今の彼女を動かす上で、大和から与えられるもの以上の特効薬はないのだろう。現に大和の言葉を聞いた途端、華凛が机に向かう姿勢は目に見えて真剣なものへと変わっていた。
「なるほど、ご褒美……。これは普通の高校生もやっているのですか?」
「さあ、どうでしょうか。前の学校では、ご褒美というより純粋に順位を競い合っている人たちならいましたが」
自分のタブレットで参考書のページをめくりながら、悠斗は思い出すように答えた。「次のテストで成績が上だった方が、相手にジュースを奢る」といった他愛のない賭けをしているクラスメイトなら、前の学校でもよく見かけた光景だ。
すると瑠衣はふむ顎を引いて、感情の読めない瞳を真っ直ぐに悠斗へと向けた。
「星原さん。それなら、私たちもそれをしましょう」
「え?」
「今回の期末試験。負けた方が、勝った方に『ご褒美』を与えるということで。これも『普通の高校生』としての経験ですよ」
「なるほど。たしかに……」
思わぬ角度から飛んできた提案に悠斗は持っていたタブレットを机に置き、まじまじと瑠衣の顔を見つめた。確かにいいかもしれない。悠斗も俄然燃えてきた。
「いいですよ。ではそれで、内容は後日考えますか」
「はい、私も負けません」
二人の間に漂い始めたピリッとした空気感に、それまで華凛の解説をしていた大和が、楽しそうに笑いながら口を挟んだ。
「ちなみに悠斗くん。この学年の成績一位は富士見だからね。入学からずっと」
「え……」
……思ったより、これは苦戦しそうだ。




