第2話 静かな亀裂
不遇な令嬢が前世の記憶を取り戻したとき、自分を幸せにする覚悟を決めた。記憶と接客技術を武器に踏み出した一歩は、やがて国も巻き込んでいく…。
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「おば様、お久しぶりです。」
クラリスは優雅に歩きながらトランヴェール夫人の元に向かう。
細い指先でドレスの裾をつかみ挨拶をした。
店内の空気がふわりと華やぐ。
「リノがご迷惑かけて、ごめんさなさいね。」
ブラウン色の瞳を細めたクラリスが、令嬢の顔を覗き込む。
「お構いなく。」
毅然と答える令嬢からは表情が読み取れない。
一瞬渋い表情をしたクラリスだったが、すぐに微笑み、近くにいる従業員を呼んだ。
「おば様とこちらの令嬢に、新しい紅茶をご用意して。」
従業員に指示する。
そして改めてトランヴェール夫人に向かって、クラリスは深々と一礼をした。
リノは人形の様にその場に立っているだけだ。
セシリアが優しく声をかける。
「リノも謝らなきゃ駄目よ。」
そしてクラリスより一歩下がったところで深々と頭を下げる。
操られたようにリノも姉たちに従った。
「頭を上げてください。オーナー。」
穏やかな声でトランヴェール夫人は言った。
リノと姉達は頭を上げる。
「おば様とって私は姪です。クラリスとお呼びください。」
悲しそうな声でクラリスは言った。
一拍おいて周り見渡し微笑む。
「お騒がせ致しました。お詫びの印に来月新発売予定のチョコレートをサービスさせてください。」
店内は拍手で溢れた。
「軽率だったわね。リノ。今日も部屋で食事するとお母様に伝えておくわ。」
クラリスは、穏やかに微笑んだ。
その声は甘く、逃げ場はない。
店内は賑わいを取り戻した。
会話を気に留めるものはいない。
「リノ。仕事熱心で心配よ。」
心配そうにセシリアはリノをみつめる。
ー今日も、食事抜きだ。
もし食事を与えられたとしても、敢えてカビを生やしたパンだろう。
姉たちの気分を損ねた罰は、いつも静かに下される。
いつまで続くのだろうか。
最初は抵抗した。
泣き喚いた。周りにも訴えた。
正しいのはいつも姉たち。
状況は悪くなる一方だった。
もう疲れてしまった。
リノは静かに傾く。
「わかりました。」
その言葉に魂はない。
「屋敷に籠って仕事ばかりなんて、リノが心配だわ。」
セシリアは、優しく微笑む。
「今度の視察も一緒に行けないなんて寂しい。お父様もお母様も悲しむわ。」
クラリスは悲しそうに囁き、冷めたティーカップに目を落とす。
そして顔を上げると、遠くをみて微笑んだ。
「おば様、どうかしました。」
トランヴェール夫人が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「もう帰りますのでご挨拶を。今日はありがとうございました。」
夫人は優雅に礼をする。
クラリスとセシリアも、美しく傾いた。
静けさが流れる。
「よろしければ、リノ嬢をお話する機会を頂けるでしょうか。」
クラリスは眉をピクッとさせる。
「おば様、なぜでしょうか。」
柔らかい声だが、雰囲気は張り詰めている。
「サロンの現場指揮として、リノ嬢に仕事を指導させて頂きたいです。差し出がましいようでしたら申し訳ございません。」
「リノはどうなの?人見知りだから心配だわ。」
優しく静かにクラリスは微笑む。
ー断るの正解。
わかっている。
決定権などない。
逆らえば、鞭。それ以上・・・。
それでも
自然と口が動いた。
「・・・是非、伺います。」




