第1話 美しい牢屋
不遇な令嬢が前世の記憶を取り戻したとき、自分を幸せにする覚悟を決めた。記憶と接客技術を武器に踏み出した一歩は、やがて国も巻き込んでいく…。
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「なぜ、子爵家の娘と同じ空気を吸っているのかしら。」
アシュフォード家の長女、クラリスの声は優しく柔らかい。
それなのに、胸の奥が凍る。
三女、リノは目の前のティーカップに視線を落とす。
紅茶の表面に移る自分の顔は、人形のように無表情だった。
「ただでさえ、空気が悪いのにこれ以上濁るのは困るわ。」
次女、セシリアは白いハンカチで口を拭う。
その目は、床に落ちた埃を見るときと変わらない。
天窓から降り注ぐ光が、磨き上げられた床を照らす。
一級品の調度品、先端の装飾、香り高い茶葉。
ここは公爵家直営の高級サロン。
選ばれた者しか入ることが許されない。
全ての人が憧れる…。そう言われている場所。
ー視察なら3人で
それが公爵夫人の命令だ。
理由は聞かされてない。
飾りか。盾か。剣か。
姉達の与えられた役割を全うする。
選ぶ権利はない。
リノとっては牢屋のような空間だ。
「リノ。大丈夫?」
心配そうに覗きこみ、気にかける姿は、優しい姉に見えるだろう。
だが、クラリスの眼差しはリノの瞳を刺す。
魔術にかけられたように、子爵家の娘が楽しむテーブルに向かった。
「サロンへようこそ。私はリノ・アシュフォードでございます。楽しんでいらっしゃいますか?」
長いまつ毛から覗く青い瞳が静かに相手を捉えた。
微笑みながら透き通る声で問いかける。
ざわめく店内がゆっくりと静かになっていく。
佇むリノへ、幾つもの視線が吸い寄せられていった。
「とても。噂通り全てが一流。夢のような空間です。」
子爵の令嬢は声を弾ませる。
きらきらとした瞳で、まっすぐリノを見上げた。
「お気に召して頂けてこちらも喜ばしいです。お連れの方はどちらにいらっしゃいますか。」
「現在、買い物に行っております。」
「差し支えなければ、お連れ様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「トランヴェール夫人です。」
離れた席から、姉たちの鋭い視線が突き刺さる。
背中には冷たい汗が滲んだ。
伏し目がちになり、唇を引き結ぶ。
小さく息を吸った。
「失礼ですが、確認が取れるまであちらでお待ち頂けますか。」
形の良い指先が、静かに入口の外を示す。
令嬢は困ったように眉を寄せた。
「一緒に参りました。お店の方に確認して頂けますか。」
令嬢の声は少しだけ強まる。
リノは従業員の方に顔を向けるが、誰一人として視線を合わせない。
接客を続ける者、手元の帳簿に目を落とす者。皿を運ぶ者。
皆、忙しそうに働くだけ。
姉たちは優雅に店内を見渡し、紅茶を一口飲んだ。
「確認が取れ次第、対応致します。ご理解頂けますか。」
再び、指先が静かに入口を示す。
表情は変わらない。
令嬢の瞳からは光が消える。
「わかりました。」
令嬢は静かに息を吐き、席を立つ
入口に向かって歩き出した、その瞬間。
扉が開く。
立っていたのはトランヴェール夫人。
夫人はゆっくりと歩み寄る。
「状況を説明して頂けるかしら。」
鋭い眼光が、まっすぐリノを射抜く。
リノは無表情でその視線を受け止める。




