第13話 予期せぬ狼煙
不遇な令嬢が前世の記憶を取り戻したとき、自分を幸せにする覚悟を決めた。記憶と接客技術を武器に踏み出した一歩は、やがて国も巻き込んでいく…。
不定期更新です。
リノは小走りで急ぐ。
気がつけば、アシュフォード一家が帰ってくる時間が迫っていた。
メイド達は邸に戻ったリノに見向きもしない。
リノは自室に戻り、鏡に映る自分を見つめる。
そして冷めた目でふっと息を漏らした。
ー私がいないことに気づいていた者はいるのだろうか…。
幽霊のように覇気のない顔…。
まるで自分から存在を消しているみたい。
リノは一度瞳を閉じて、再び目を開ける。
今度は鏡に映る自分を鋭い目つきでみる。
ー癒風亭のオーナー…。
ここからどう動く…?
鏡には眉間にしわを寄せたリノが映っていた。
一思考がまとまらない。
甘いカフェオレが飲みたい…。
リノは深いため息をつく。
扉をノックする音が聞こえた。
考えるのをやめ、扉に目を向ける。
手紙が差し込まれようとしていた。
慌てて立ち上がり扉を開ける。
扉の外に執事のジュールが立っていた。
執事は右手に持っていた手紙をポケットにしまう。
表情を変えることはなかった。
「リノ様、戻られてましたか。後、1時間ほどで旦那様たちが戻られます。」
リノは執事をじっと見つめた。
ー何故?この人は私の行動を見過ごしてくれているのだろう。
「そろそろ、お出迎えのご準備されていかがでしょう。」
執事は気に止める様子はない。
目線を下ろして腰を屈め床の手紙を拾う。
リノに差し出す。
「こちらはご覧になられましたか?」
リノは静かに首を横にふる。
「一昨日に旦那様から手紙が届きました。昼過ぎに戻り、ご家族とトランヴェール夫人で、一緒に遅めの昼食を召し上がるそうです。勿論、リノ様もご参加です。」
「わかりました。」
リノは表情を変えずに返事をした。
「それではメイドをお呼びいたします。」
執事は一礼し、リノに背を向けた。
ー執事とはいえ、どうしてジュールは私を尊重してくれるのだろう。。。?
「あの…」
リノは思わず背中に声をかけた。
「どうされました?」
執事は振り向きリノに向き合う。
リノは眉毛をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せる。
執事はその様子を見守る。
「ジュールのお仕事は?直属の上司はどなた?」
リノは裏返った声で聞いた。
執事は穏やかに笑う。
「邸を管理することです。正確に言えば、邸でお過ごしになるリノ様たちを過ごしやすく環境を整えることです。上司はいません。あえて言うのであれば、雇い主であるアシュフォード家でしょう。」
「アシュフォード家…。」
リノは小さく呟いた。
「左様でございます。アシュフォード家の中でも邸を管理するトップの方には私は逆らえないでしょう。」
リノは目を見開いた。
ー私の声を聞き逃さなかった…。
「ありがとう。メイドをお願い。時間はどれぐらい?」
「後、1時間ほどでございます。」
リノは扉を閉めて寄りかかる。
ーまずはこの世界について学ばなきゃ。
無知ではいけない。
そして、私に変化があったことに気づかれていけない。
急に扉が開いた。
リノは、扉に押されて勢いよく転ぶ。
「準備をお手伝いしにまいりました。」
メイドがリノを見下ろしていた。
リノは顔を能面にして立ち上がる。
アシュフォード一家が邸の前に到着した。
後ろにイリーネを筆頭とする使用人達の馬車も続く。
いつも通りリノは佇む。
瞳は全てを映し出すガラスのように、口元は微笑む。
ー接客の基本。個人的感情は顔にも態度にも出さない。
リノは前世の仕事中に思っていたことを心の中で呟いた。
「おかえりなさいませ。」
馬車からロベルトとヴィオラ夫人、続いてクラリスとセシリアが降りる。
「リノは何していた?遅めのお昼食べながら、リノの話とお土産話でも家族でしようか。」
ロベルトはリノに微笑みかけながら話す。
後ろで聞いていたクラリスとセシリアは顔をしかめた。
ヴィオラ夫人からは表情が読めない。
「リノはもうお昼食べてしまったのではないかしら。リノ、無理しなくて良いのよ。」
クラリスは優しくリノに話す。
リノは眉を少し下げ、目を細め微笑む。
そしてロベルトをチラッと見た。
ーYESともNoとも取れない表情で様子を見る。
「エノレアからも皆で食事しようと言われているんだ。」
ロベルトは朗らかにクラリスに伝えた。
クラリスの眉がピクッと上に上がる。
しかし、声は穏やかだ。
「まぁ!おば様いらっしゃるの嬉しいわ。だけどこの間リノがおば様を怒らせてしまったから、気まずいわ。ねぇ、リノ?」
クラリスは優しい笑みを浮かべたまま、リノに向けて鋭い瞳で睨みつける。
リノは変わらず微笑むだけだ。
「それは困るわ!」
声が響き渡った。
一同の視線が集まる。
馬車の影からトランヴェール夫人が現れた。
「ロベルト、ヴィオラ、癒風亭のオーナーを見直しよ。何なら、高級サロンのオーナーも見直したいぐらいよ。ご自分の妹ですら、まともに教育出来ないとは…。」
セシリアは呆然としている。
クラリスは人目を忘れて顔を歪める。
「姉さん、突然どうした?」
ロベルトはヘラヘラと笑う。
「話が違います!!」
ヴィオラ夫人は思わず声を荒げる。
リノは表情を崩さないまま傍観することを決めた。




