第10話 自分を信じているだけ
不遇な令嬢が前世の記憶を取り戻したとき、自分を幸せにする覚悟を決めた。記憶と接客技術を武器に踏み出した一歩は、やがて国も巻き込んでいく…。
不定期更新です。
ハンナの優しくも厳しい声が練習場に響く。
「隙だらけだ。剣を感じろ。」
新人騎士は派手に尻餅つく。
だが、目には闘志が満ち溢れている。
「もう一度お願いします。」
リノは柱の陰から様子を伺う。
朝日を浴びたハンナは眩しく見えた。
「よう!リノ嬢。元気になったかい?」
ハンナの同僚カルゼンが陽気な声で話しかけた。
リノは、背中がビクッとなる。
「驚かせてしまったかい?すまんね。」
リノが振り向くと申し訳なさそうにカルゼンは言った。
「無理しているんでないかい?心配してたよ。特にハンナは泊りで看病してたぞ。」
リノの顔を覗き込むように話す。
剣の交わる音だけが遠くから聞こえる。
リノの目から一筋の涙が零れ落ちた。
ーえ‥‥?
「リノ嬢!?」
カルゼンの声が裏返る。
「うちの子、泣かさないでよ。」
ハンナが笑いながら2人に近づいた。
「起きるのが早かったな。じゃあ、朝ごはん食べながら話そうか。」
リノは静かに頷く。
「カルゼンさん、またあとで。」
リノは挨拶をし、ハンナと共に練習場を後にした。
リノは無言のままだった。
時計の音だけが執務室に響く。
ハンナは温かい目でリノを見守った。
リノは静かに空気を吸い込む。
目尻を上げ、ハンナの目を見た。
「後戻り出来ませんよ。」
冷静に冷たい声でハンナに伝える。
ハンナは目を見開きリノを見つめた。
「何を今さら。」
鼻先で笑う。
「で。続きは?」
ハンナはリノを観察する。
リノは目を伏せてからメモに手を掛けた。
「悪い。一度中断する。」
ハンナはリノを静止した。
椅子から立ち上がりドアを開ける。
トランヴェール夫人が立っていた。
「エノレア。盗み聞きは良くないぞ。」
「あら。何も聞いてないわよ。リノ、元気になった?」
ハンナ越しにトランヴェール夫人が顔を見せる。
「悪いなリノ。目を覚ましたことを伝えた。だが来るとは聞いてない。」
ハンナは振り返りリノの目を見て話す。
「冷たい言い方しなくても!リノの元気の顔見たくて、朝一で馬車飛ばしてきたのよ。」
トランヴェール夫人は冷静に言い放つ。
「…」
リノは呆気にとられていた。
ハンナはため息をつく。
「エノレア…。これからリノと話がある。元気な姿見れただろうし帰ってもらえるだろうか。」
「ハンナ。わかっているわ。」
トランヴェール夫人は鋭い目でリノを見る。
「リノ、手を取るべきタイミングを間違っては駄目よ。私も仲間に入れてくれるかしら。」
リノは観察していた。
ーあの瞳は本当に私のことを思っている。
ハンナさんと同じ瞳…。
味方は多い方が良い…。
私は戦うと決めたんだ。
「リノ、エノレアは信頼出来るぞ。」
ハンナの言葉が背中をおす。
リノは立ち上がり、トランヴェール夫人を真っ直ぐ見た。
「後戻りは出来ませんよ。」
沈黙が流れる。
トランヴェール夫人はリノを見つめ返す。
微笑み、そして軽くため息をついた。
「私はね、リノの力になりたい自分を信じてるだけよ。」
ハンナは手を叩く。
「続きは朝ごはん食べながら話そう。で、そのワゴンは食事か?」
「そうよ。先ほど届ける役を代わってもらったの。」
トランヴェール夫人は笑う。
リノは2人が落ち着くのを待った。
正面に座る2人の顔を交互に観察する。
瞳を閉じて、小さく深呼吸し、力強い瞳で向き合った。
「こちらのメモを見てください。それから説明します。」




