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ゼアミ  作者: がくぞう
46/52

46 ヒンコの殺人フットスタンプ

 二月五日(日)の小石川ホール――。

 この日、とうとう般若ヒンコが、ガールズジャパンプロレスのリングに復帰した。復帰第一戦の対戦相手は、五年前に敗れて引退に追い込まれた因縁のプルトップ荻窪だ。

 ゼアミが使っていた般若の面をつけてピンクの透け透けの着物に身を包んで入場してきたヒンコの姿に、会場中から泣き叫ぶような声援が飛び交った。俺と小太郎は最前列に陣取って、ヒンコのすべてを捉えようと、まばたきすらためらっていた。

 続いて、プルトップ荻窪の入場だ。すでに一線を退いていたとはいえ、五年前と変わらない年季の入った見事なモヒカン姿で通路に現れた。ヒンコとの一戦のためにあの長い黒髪をばっさりやったようだ。

 リング中央でにらみ合う二人。それだけで大歓声だ。

 それぞれのコーナーに分かれると、ヒンコは般若の面を外し、ピンクの着物を脱ぎ捨てた。般若の面の中の顔はグロテスクな原色の隈取りペイントで彩られていた。その下のプロポーション抜群の身体は、地肌の色とほとんど変わらないセクシーすぎる薄桃色の水着に包まれていた。真っ裸じゃないのか? 俺は不覚にも横を向いて、同じ妄想をしているであろう小太郎と目を合わせてしまった。小太郎がへらへらと笑っているのが無性に腹立たしかった。

 ゴングが鳴った。

 ヒンコは、リングを離れていた五年間のうっぷんを晴らすかのように、いきなり荻窪を先制の反則攻撃でいたぶった。

 ヒンコは復帰戦とは思えないほどのスピードで荻窪の顔面をかきむしると、その額を鉄柱とロープの金具に何度も打ちつけて、あっという間に流血させた。そのまま荻窪を場外へ蹴り落とすと、自分も場外に舞い降りて、マットの下に隠しておいたバケツやビール瓶で流血の額をめった打ちだ。さらにハンマースローで思いっきり荻窪の背中を鉄柵へ叩きつける。ガシュっという重く鈍い音とともに荻窪は鉄柵にもたれかかったままグロッキー状態となった。ヒンコはダメ押しとばかりにパイプ椅子の先端を荻窪の首筋にぐりぐりと拷問のように押し付ける。レフリーが身体をはって割って入った。いったん離れた後、ヒンコは荻窪のモヒカンを掴み起こして額をエプロンに叩きつけると、無理やりリングに押し上げた。リング上では荻窪の首にタッチロープを巻きつけてぐいぐいと締め上げる。目にも止まらぬ反則技のオンパレードだった。荻窪はやられながらも反撃の機会を待っていた。再三にわたって制止に入ってくるレフリーに、ヒンコが怒って荻窪に背中を向けた一瞬の隙を逃さなかった。荻窪がヒンコの背後から両手を首に巻き付けたと見えた瞬間、ヒンコがガクッと腰から崩れ落ちていった。秒殺だった。荻窪のチョークスリーパーが完璧に決まったんだ。ヒンコは完全に気を失っていた。荻窪が手を離すと、ヒンコはマット上で大の字になったまま動かなくなった。流血のダメージがひどかった荻窪も、ヒンコがダウンしたのを見ると、その場にへなへなと座り込んで動かなくなった。レフリーが両者の状態をチェックする。二人ともまったく力ない反応だ。両者ノックダウンのカウントが始まった。カウント五まできたとき、隣で観ていた小太郎がエプロンサイドへ走り寄って怒鳴った。「フットスタンプだよ!」。小太郎の檄を受けたヒンコが突然、目を開けた。うつろすぎる目だったが、夢遊病者のようによろよろと立ち上がった。チェックに入ろうとしたレフリーを突き倒すと、座り込んだまま朦朧としていた荻窪を強引に仰向けに寝かせ、ふらつきながらコーナーポストに登っていった。恐らく意識は飛んでいるんだろう。ポスト上で立ち上がったヒンコは、右手の人差し指で荻窪を指し下ろすと、親指を大きく立てながら喉元に持っていった。ヒンコ定番の大見得だ。意識ははっきりしていなくてもプロレスラーの本能がそうさせているに違いない。次の瞬間、観客の大声援に後押しされるように、ヒンコは高々と宙を舞っていた。ヒンコの両脚が荻窪のみぞおち辺りに突き刺さった。荻窪は腹をおさえてさんざんもがき苦しんだ後、力尽きたようにうつぶせになったまま、ピクリとも動かなくなった。ヒンコのフィニッシュホールド・殺人フットスタンプだった。ホールは必要なかった。レフリーのテンカウントが入る。

 カン、カン、カーン!

「七分五十六秒、七分五十六秒、般若ヒンコのノックアウト勝ちであります」

 ヒンコは苦しい表情のままコーナーポストにもたれ込んで、試合終了のゴングを聞いていた。ヒンコのガルジャ復帰での衝撃的な勝利に、会場は興奮のるつぼと化した。

 やがて、荒い息の中、ヒンコはリング上で観客に向かって復活の雄叫びをあげた。

 一方、荻窪はガルジャの若手に抱えられてようやく立ち上がっていた。血まみれの顔の中、目だけが異様に光っていた。その目が一瞬、俺と小太郎の方を向くとアイコンタクトをかましてきた。

「言うことなし! ヒンコ最高!」俺にはそう叫んでるように感じた。

 プルトップ荻窪、見事なプロ根性だ。品子、最高だったぞ。

 どこかで観ているであろう熱海のおっさんも、きっと大喜びだろう。


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