47 プロレスの中のプロレス
三月に入って、突然、PWMS・匠の役員が招集された。
匠の事務所には、辰波さん、天孫さん、事務局のスズさん、ピューマ鳥取さん、ケロリン、そして相変わらず役立たずの代表の俺と、企画会議でおなじみのメンバーが集まった。
席に着くなり、辰波さんが俺を見て言った。
「新吾、プロレス資料館と風姿花伝の方はどうだ?」
「はい。鈴木さんにアドバイスをもらいながら順調に進んでいます」
俺は胸を張って答えた。
「業者から提示された三パターンの設計図をもとに検討を重ねて、理想のレイアウトがほぼ完成しています。後は専門家の目で最終的なチェックが入り、すぐに改築工事が始まるでしょう。五月の中ごろには完成の予定です」
スズさんが的確に補足してくれた。
「そうか。それはよかった。安心したよ」
辰波さんはニコッと頬をくずした。俺もホッとした。
だが沈黙の後、「さて、本題に入るか」と切り出した辰波さんの顔は、これまで見たことがないほど、とても険しかった。
「結論から言いますと、僕はこの六月の株主総会でストロングジャパンプロレスの社長を辞任することになりました。さらに、三十四年間勤め上げた会社自体も退職したいと考えています。これまで僕は、ストロングジャパンのリング上に、あくまでも純粋なプロレスを求め続けて闘ってきたつもりでした。しかし、現状は僕のプロレス哲学とは違った方向に進んでいます。総合格闘技という名のまやかしです」
辰波さんがちらっと俺を見た。陰陽の面が頭をかすめる。まやかしという言葉にドキッとする。
「外部のスポンサーやテレビ局が多数を占める今の役員会では、僕の意に反して、プロレスと総合格闘技を融合させた新たな格闘プロレスというジャンルで団体の人気を回復させよう、視聴率を稼ごう、という考え方が大半です。プロレスが他の格闘技に手を出したら、それこそ自分で自分の首を絞めることになると、僕は訴え続けてきました。過去には、格闘プロレスに嫌気がさして他団体へ出て行った選手もいます。そんな中、ストロングジャパンのリングには、青田礼示、稲葉マナブ、北斗ケンスケ、棚機優至、村中俊介など純粋なプロレスでファンを沸かせているメインイベンターたちが踏ん張っています。僕は社長として結局何もできませんでした。プロレス暗黒時代なんていうレッテルも払拭することができませんでした。次の社長にはレスラー出身者ではなく、プロレスを知らない他分野の人間が就いて経営陣の刷新が図られるでしょう。選手や社員に厳しい条件が突き付けられることも予想されます。会社やテレビ局の方針でレスリングスタイルの変更を迫られる選手も出るかもしれません。契約更改での選手の大量離脱が心配です」
一瞬、下を向いて目頭を押さえた辰波さんだったが、すぐに顔を上げた。晴れ晴れとした表情に変わっているのがわかった。
「一方でPWMS・匠は、みなさんのご協力のおかげで、プロレスファンの絶大な支持を受けています。匠こそがプロレスの中のプロレスだと、僕はいつ何時でも自信をもって叫べます。闘鬼さんのストロングスタイルや邪馬さんの王道プロレス、ゼアミや贋作プロレスもあります。どうか、これからも一緒に純粋なプロレスを叫んでいきましょう! お願いします」
辰波さんの頬が紅潮していた。首筋から湯気が沸き立っているように見えた。
全員が笑顔で拍手をしていた。俺も力いっぱい両手を叩いた。
実は今回の風姿花伝とプロレス資料館の用地買収や改築の費用は、辰波さんの退職金とスズさんからの利息なしの借金で賄われるということだそうだ。
辰波さんもスズさんも、いったいどこまでプロレスが好きなんだ。本当にどうもありがとうございます、と頭を下げるしかなかった。




