40 陰陽の面の効果
PWMS・匠の初代シングルチャンピオン・ガチ菅原さんとのタイトルマッチまで二十日を切っていた。
俺はとにかく、あせっていた。
大きなトラウマが渦巻いて、俺を苦しめていた。エルボー光沢さんとの一騎打ちの前といい、辰波さん・天孫さんとの記念試合の後といい、なぜか、重要な試合の前後に体の異常が現れるのだ。ガチさんとのタイトル戦の時にも、この身体に突然震えがきて試合ができなくなっちまうんじゃないかという不安は半端じゃなかった。
そのネガティブな気持ちを払しょくするために、俺は観阿さんに頼み込んで、時間を見つけては小石川能楽堂に通い詰め、陽の面の若女をつけさせてもらった。ガチさんのタイトルに万全の体調で挑戦したいという俺の熱い思いに、大のプロレスファンの観阿さんが共感して協力してくれたんだ。もちろん、川野瀬先生には内緒だったが。
初めのうちは、観阿弥・世阿弥親子の由緒書の戒めの通りに、若女の面をつけた後には必ずゼアミの部屋から持参した般若の面をつけてバランスをとっていた。しかし、若女をつけた後のあのパワーみなぎる絶頂感が、般若をつけたとたんに消えちまうので、俺はじれったくなって般若の面をつけるのを止めちまった。もちろん、これは観阿さんにも内緒でだ。
俺は、いい気になって若女の面だけをつけ続けていた。日に日にパワーが蓄えられて、心も身体もこれまで味わったことがないような高みに達しているのがわかった。般若の面のことはすっかり忘れてしまっていた。馬鹿な俺は、あの由緒書の戒めをまったく無視していた。
そして、小石川能楽堂に一週間ほど通い続けた頃だった。ストロングジャパンの道場で小太郎とスパーリングをしていた時に、俺はとうとうやらかした。
近年になく体調が良すぎた俺は、ますます調子に乗って小太郎に対して大技を連発した。辰波さんが常々心配していたアクロバット的な技もポンポンと繰り出した。俺が今までに使ったことがないような危険な技がいとも簡単に飛び出してくるんだからたまらない。
そんな時、リング中央でダウンしている小太郎にトップロープから三回転ひねりのボディプレスをお見舞いしたとたん、全身に電気が走った。これまで体験したことのない激痛だった。全身の筋肉が突然停止したかのように、それきり身体を動かせなくなった。
小太郎が俺の身体を起こそうとするが、動きを失った百キロ越えの肉の塊は想像以上に重かったようだ。小太郎は途方に暮れてしまっていた。あまりにも無茶でスピーディーな動きに、俺の四十過ぎの身体がついていけずに正直な悲鳴を上げたに違いない。
清水一徹さんが駆けつけて来て、俺の状態を見ると唖然とした。
すぐに病院送りとなった。
検査の結果、骨折と肉離れが二か所ずつ、そのほかにも打撲と捻挫などの診断が下った。
即入院。全治二か月の重傷だ。一瞬で試合のできない身体になってしまった。
翌日、小太郎の車で熱海から品子が駆けつけてくれた。不自由な身体でありながら、俺の入院生活をいろいろとサポートしてくれたのでとても助かった。熱海で養ってくれていたおっさんには「ひと月ばかり出てきます」とだけ書き残して無断で飛び出してきたそうだ。
数日後、川野瀬先生と観阿さんが見舞いに来てくれた。その頃には俺もようやくベッドの上で上半身を起こせるほどに回復していた。
「まったく、ああたにはあきれ果てて言葉もありません。観阿さんが付いていながらなんという事ですか」
先生は包帯姿の俺を見つけるなり、俺と観阿さんを黒ぶち眼鏡の底から交互に睨みつけた。先生の後ろで観阿さんが背中をすぼめて小さく縮み上がっているのがわかった。
「学者先生、観阿さんは悪くないんです。私が勝手に般若の面をつけるのを止めてしまったからで」
「そんなことは、わかっています。観阿さんにはこれから能楽堂に戻って、きちんと陰陽の面を試していただきます。ところで、ああたの妹さんは大丈夫ですか」
「は、はい。風姿花伝のほうで般若の面を持って、学者先生と観阿さんのタクシーをお待ちしています。妹の品子は女子プロレスの悪役レスラーだったもんで言葉遣いがてんでなっちゃいませんし、陰の面の般若をつけていたため身体が少し不自由ですので、どうか見捨てないでよろしくお願いします」
俺は包帯の中からたどたどしく言って頭を下げた。
「とうとう般若ヒンコ選手とお会いできるんですね。本当にワクワクします。わたくしが責任をもって妹さんをサポートいたしますから、新吾さんは何も心配なされずにお怪我の治療に専念されてください」
観阿さんの口調は、これから般若ヒンコに会えるうれしさからか、かなり上ずっていた。川野瀬先生はお手上げといった表情で、
「観阿さん、ああたはどうもプロレスの事となるとタガがゆるみますね」
三人、顔を見合わせての大爆笑となった。
その夜、品子から俺の携帯に能楽堂での報告の電話が入った。
川野瀬先生の指導で、品子も観阿さんも陰陽の面をバランスよくつけて、初回の試みは何事もなく終わったそうだ。陰陽の面をつけた観阿さんの舞いは実に素晴らしいと、川野瀬先生が何度も絶賛していたのが、とにかく印象的だったようだ。
電話を切ろうとした時に、品子が急に思い出したようにまくし立ててきた。
「あっ、そういえば、小太郎の野郎が勝手に付いてきちまってよ。あのなれなれしい調子で川野瀬だかいう先公どもに取り入りやがって。そんで、いたく気に入られちまってよ。舞台で観阿のやろうにしごかれてやがんだ。観阿のやろう、あいつはキモいな。あたいのこと、じろじろ見やがって、何べんも体に触るなっつうの。何だってんだよ。小太郎も観阿のやろうに見初められたんじゃねえのか。身振り手振り触られてたからな。ああ、思い出しただけでも鳥肌が立つわ。まあ、あたいのこの身体が治るってことだから我慢して下手に出てたけどな。兄貴の顔もあるしな。そんでよ、帰り際に川野瀬と観阿のやろうが小太郎に言うわけよ。能に興味はないかって。そんで、あの馬鹿、まんざらでもないような顔しやがって、へらへらと握手してやがんだよ。うかうかしてると、小太郎、あいつらに取られちまうぜ」
「観阿さんは、プロレスがめちゃくちゃに好きだから小太郎と馬が合うんじゃないのか。それに般若ヒンコの大ファンでもあるんだぞ。お前の身体を心配して助けてくれたんだ。あまり誤解するな」
俺は品子の訴えを軽く受け流した。しかし、内心では不安だった。
小太郎が取られる? 小太郎と観阿さん……か。あり得るかもな。
電話を切った後、俺は自分に巻かれた包帯を見ながら、つくづく後悔した。十日後に迫ったタイトルマッチの出場の可否はいまだに保留のままだった。PWMS・匠の第五回大会のメインは、チャンピオン・ガチ菅原さんの初防衛戦だ。その対戦相手がゼアミであり、そのことは各媒体を通じてひと月前に公に発表され、いまさら変更は許されなかった。俺は這いつくばってでもリングに上がらねばならない。しかし、この怪我では、いくらあがいてもどうにもならなかった。ガチさんにどうやって詫びを入れたらいいんだろうか……。
ベッドの上で迎える夜は途方もなく長かった。タイトルマッチのことばかりが頭の中を支配していた。プロレスまじりのよくわからない夢から覚めたかと思うと、まだ三十分しか経ってないのか、とため息をつく。朝はまだか、まだなのか。そんなことの繰り返しだった。
だが、夢見がちな意識の中で一つのアイディアがまとまりつつもあった。
病院の外が白くなってきた。ようやく朝が来たのかと思うとホッとする。俺は携帯電話の時計を確かめた。
――六時二十五分。もう、いいだろう。
いてもたってもいられなかった。早朝にもかかわらず俺はまず辰波さんに電話をした。そして観阿さんにも電話をした。辰波さんと観阿さんの承諾を得てから、最後に小太郎にも電話をした。
みんな、俺の気持ちをくんでくれた。受話器の向こうですぐにイエスと言ってくれた。俺は、PWMS・匠の代表としても、一レスラーのゼアミとしてもホッと胸をなでおろした。全身の怪我の痛みがものすごく心地よく感じられた。




