27 贋作・与作との名勝負
さて、今夜の試合はいったいどんな展開になるんだろうか?
試合の直前になっても、俺は控室で贋作・与作のプロレスがまったく想像できないでいた。現役時代の与作は、対戦相手に応じていくらでもファイトスタイルを変えられたそうだ。今夜、小太郎が贋作・与作としてどんなスタイルでくるのか、興味深いところだった。
控室のモニターにケロリンの姿が映し出されていた。リングの中央でハンドマイクを胸元で握りしめた。
「みなさん、小石川ホールへようこそ。これよりPWMS・匠の第四回大会を開催いたします。第一試合は、これぞ究極の親子対決。ビッグジャパンの前座名レスラーが天国から舞い降りた。青コーナーより贋作・与作の入場であります」
与作の郷愁漂うゆったりとした入場テーマ曲が流れ出した。俺が赤コーナーの入場ゲートの隙間から覗いていると、白覆面に赤いショートタイツ姿の贋作・与作が青コーナーの入場ゲートに現れた。歓声がすさまじかった。
「与作!」「小太郎!」という声援に交じって「お父さーん!」「親父!」のかけ声も聞こえてきた。つかみはオッケーのようだ。
贋作・与作がのっそりと花道を進んでリングに上がった。そのしぐさが絶妙だった。さすがは実の息子の小太郎だ。俺は、がぜん親父とやる気が出た。
「対するは、与作の実の息子。今夜、ゼアミという神秘をすべてなげうって素顔での見参。赤コーナーより、三刀屋新吾入場です」
場内にリズミカルな笛の音が流れ出した。能で使われる竹製の横笛の音だ。笛のリズムだけでリングへ向かう熱い心情とスピード感を表現した、俺の新しい入場テーマ曲だ。
軽快な笛のリズムが、実に爽快だった。すごく、しっくりきた。
「新吾!」の大声援の中、俺は軽やかなフットワークでリングに上がった。ゼアミの入場では絶対に味わえなかったようなポップな感覚だった。まだ決まってなかったこのテーマ曲のタイトルだが、俺はその時、そのものずばり『新吾』に決めた。
ケロリンが蝶ネクタイを微調整してからマイクを握り直した。
「本日の第一試合、三十分一本勝負を行ないます。青コーナー、百八十六センチ、九十キロ、がんさくー・よさーくー!」
白覆面が両膝に手を当ててゆっくりとお辞儀をした。そっくりだ。
「赤コーナー、百八十三センチ、百一キロ、みとやーしんーごー!」
五色の紙テープが舞う。
リングの中央で対峙した俺と贋作・与作に、レフリー・ピューマ鳥取さんのボディチェックが入る。
贋作・与作は、なぜか白覆面の中から決して俺と目を合わせようとはしなかった。
俺と贋作・与作が、いったん両コーナーに分かれると「カーン!」と勇ましい試合開始のゴングが鳴った。
まず、リング中央でがっちりと握手を交わした。そしてタイミングを見計らってロックアップだ。首と手を押し合い引き合いしながら、俺は先手を取った。贋作・与作の腕を巻いてアームホイップだ。贋作・与作はすぐに起き上がると、恐ろしいスピードで俺の腕を取り返してきた。次の瞬間、俺はアームホイップで逆に投げ飛ばされていた。それだけで、会場が沸いた。
俺は体制を立て直すと、少し痛みの残った腕を回しながらいったんコーナーに下がって、贋作・与作の出方を見た。贋作・与作は慣れない白覆面の位置を直してから「こいっ!」と気合を入れた。
二人の試合は、お互いの技と技の攻防となった。
手四つ、力比べ、ブリッジ合戦、ハンマースロー、ドロップキック、ハンマーロック、フライングメイヤー、ヘッドロック、ショルダーネックブリーカードロップ、キーロック、エルボードロップ、弓矢固め、ニードロップ、逆方エビ固め、キャメルクラッチ、スリーパーホールド、ローキック、ドラゴンスクリュー、足四の字固め(ロープブレイク)、スモールパッケージホールド(カウント一)、ブレーンバスター、吊り天井・ロメロスペシャル、ボストンクラブ(ロープブレイク)、サソリ固め(ロープブレイク)、ストンピング、低空ドロップキック、雪崩式ブレーンバスター、体固め(カウント二)、ダブルアームスープレックス、腕ひしぎ逆十字固め(ロープブレイク)、フロントスープレックス、バックドロップ、場外エスケープ、トペスイシーダ、場外マットでのパイルドライバー(場外カウント十六)、ロープ越しのブレーンバスター、切り返しのバックドロップ、延髄切り、コブラツイスト、グラウンドコブラ(カウント二・五)、ジャーマンスープレックスホールド(カウント二・九)、逆さ抑え込み(カウント二)、コーナーポスト、デッドリードライブ、コーナーポスト、フライングボディプレス(カウント二・九)、ジャパニーズレッグロールクラッチホールド(カウント二・九)、スクールボーイ(カウント一)、ロープに飛んでドロップキック、引き起こしてバックに回ってフルネルソンからドラゴンスープレックスホールド(カウント三)。
二十三分二十八秒。
俺がドラゴンスープレックスホールドの飛竜原爆固めで、贋作・与作から何とか三カウントを奪い取った。かつて、ニューヨークのひのき舞台で、この技を初めて披露してチャンピオンベルトを巻いた辰波さんに敬意を表してのフィニッシュホールドだった。
二十年以上もゼアミという窮屈なファイトスタイルに縛られてきた俺にとって、技の駆け引きが味わえる素顔でのプロレスは快感だった。
首を押さえながらようやく立ち上がった小太郎は、自ら両手で白覆面をはぎ取ると客席に向かって放り投げていた。
小太郎は俺に近づいてくると右手を差し出してきた。俺は「うん」とうなずいた。リング中央でがっちりと握手をする。小太郎は泣いていた。俺も思わず熱いものがこみ上げてきた。
俺は小太郎の手を挙げて、その健闘を褒め称えた。小太郎は、ひくひくとしゃくりあげての大泣きとなった。与作さんの物まねで最高のプロレスができた満足感だろう。
大声援の観客に対して、二人で深々と頭を下げると、それぞれのコーナーからリングを降りた。青コーナーの先に、興奮した観客にもみくちゃにされながら退場していく小太郎の姿が見えた。俺は赤コーナーを背にすると、ファンのうれしいボディタッチの洗礼を受けながら、観客席の中段辺りで観戦していた中年の女性に向かって深々と頭を下げた。
名谷結子さん――今日の息子の雄姿を観ただろう。幼いころの物まねが、今のプロレスラーの小太郎を支えているんだ。小太郎が幼かった頃、与作を真似するたびに母親の結子さんにしっかりと抱きしめられたぬくもりが、小太郎のプロレスの原点になっている。小太郎のプロレスは、そんな母親の暖かさに包まれたプロレスなんだ。小太郎のファイトは、どこまでもファンをほっとさせるプロレスなんだ。これからもプロレスラー小太郎を抱きしめて見守っていってほしい。
次の瞬間、結子さんが両手で激しく手を振ってから、満面の笑顔で大きな丸を作ったのが見えた。俺も丸で返した。
今日、贋作・与作と闘って本当によかったと心から思った。
PWMS・匠の初代シングル・チャンピオンベルトは、準決勝にコマを進めていた辰波馨、ミスター源龍、ガチ菅原、クラッシュ刀田の四選手によって争われた。
第二試合、ミスター源龍対ガチ菅原戦では、源龍さんの再三再四のパワーボムをこらえた瀕死状態のガチさんが電光石火の脇固めでギブアップ勝ちを奪った。
第三試合、辰波馨対クラッシュ刀田は、刀田さんの切れ味鋭いキックの波状攻撃に、額から大流血して失神寸前だった辰波さんが一瞬の隙をついたグラウンドコブラで大逆転のスリーカウントをもぎ取った。
第四試合のトーナメント決勝戦は、直前の刀田戦で大ダメージを負った辰波さんが早期決着を狙って猛攻を仕掛けたが大流血による体力の消耗が激しく、ガチさんの一本足頭突きの連打で額の出血が止まらずノックダウン。そのまま三分五十二秒の速攻でレフリーストップとなった。
こうして、PWMS・匠の初代シングルベルトは、プロレス界一ベルトの似合わない男といわれたガチ菅原さんが、その腰に巻いた。




