25 贋作・与作
夕方に事務所に戻った俺は、事務所の入り口に、さっそく『風姿花伝 缶詰バー』と書かれた白い段ボールの看板を掲げた。
この頃には、新しく後輩が入って先輩たちの雑用から解放された小太郎は、看板が出ると真っ先にドアを開けて入ってくる。
昼間の結子さんのことが頭から離れずにいた俺のいつもとは違うそぶりに、勘の鋭い小太郎がすぐに噛みついてきた。
「新さん、なんかあったの? 今日は妙によそよそしいね。まさか、品子さんに?」
馬鹿野郎。品子の名前を出すな。余計に意識しちまうじゃねえか。
「いや、ちょっと、電話の対応でミスっちゃってな。今日は飲むぞ」
俺は威勢よくつくろって冷蔵庫にビールを取りに行った。背中に、まとわりつくような小太郎の視線を感じる。
缶ビールを二、三本空けた頃、小太郎がふと言った。
「そういえば、あさっては与作さんの一周忌だね」
ドキッとした。その表情を逃さずに小太郎が俺の顔を覗き込んでくる。
「今日、その親父の墓参りに行ってきた。花も何もなくて寂しそうだったな」
俺は、慌てて目の前のコンビーフをほじくった。
「与作さんか……地味だけどプロレスのお手本だったよな。与作さんを演じられたら、おれもいよいよ本物の贋作レスラーってことかな」
小太郎が俺から視線を外してほおづえをついた。
――そうだ。贋作・与作も、ありか……。
小太郎、グッドヒントありがとよ。
俺はその時、小太郎の母・結子さんの喜ぶ顔が目に浮かんで思わずニヤッとした。
二日後――PWMS・匠の第四回大会の企画会議が、町屋土手の事務所で行なわれた。
奇しくもその日は、与作こと三刀屋征三の命日の一月十五日だった。事務所の奥の俺の机の上には、今朝、小太郎が与作の遺影と花を飾ってくれていた。小太郎の心遣いに涙が出るほどうれしかった。
会議には、PWMS・匠の陰の主催者の辰波さん、事務局のスズさんこと鈴木さん、マッチメーカーに就任したばかりの天孫隆明さん、レフリーのピューマ鳥取さん、リングアナウンサーのケロリンこと畑中京介さん、そして代表の俺の六人が出席していた。つい先日、PWMS・匠の新役員として承認された面々だ。事務局の鈴木さんの尽力で匠の組織もようやく落ち着いてきた感じだ。
第四回大会の話題は、なんといってもPWMS・匠のシングル王座決定トーナメントの決勝戦に集中した。そんな中で、俺は企画会議の出席者に強く訴えた。
「第一試合で、小太郎に贋作・与作を演じさせて、俺が素顔の三刀屋新吾として闘いたい」
役員全員が「なんで与作と新吾なんだ?」という顔をした。与作と俺が実の父子だということを知っているのは辰波さんと天孫さんの二人だけだったが、その二人ですら「今どうして?」という顔をしていた。
「父子対決です」
俺は明言した。辰波さんが立ち上がって、天孫さんの顔を見た。天孫さんは静かにうなずくと低い声のトーンで言った。
「三刀やんが、与作さんの子であると、マスコミに知られてもいいということだな?」
俺は黙ってうなずいた。
真実を知らなかったスズさん、鳥取さん、畑中さんがびっくりした顔で俺を見ている。辰波さんがすかさず、与作と俺が実の父子であるということを説明してくれた。ただ、妹の品子のことにはいっさい触れないでくれた。
「その覚悟があるのなら、いいじゃないか。マスコミには、与作と、ゼアミこと新吾が実の父子だったと発表した上で、新吾がゼアミではなく素顔の息子として与作と闘いたいと、贋作・与作に挑戦状を叩きつけた――まさしく、匠らしいプロレスドラマに仕上がると思うよ」
天孫さんが膝を打って賛成してくれた。企画会議の出席者も、初めて知らされた真実に驚きながらも、うんうんとうなずいている。
「PWMS・匠の第四回大会の第一試合は、三刀屋新吾と小太郎の贋作・与作に決定だね」
辰波さんが出席者全員の顔を見回してから鶴の一声を発した。
天孫さんが「よっしゃ!」と気合を入れてくれた。
スズさんも鳥取さんも畑中さんも笑顔で拍手をしてくれていた。
結子さんのとびきりの笑顔が、また浮かんできた。




