第16話 樋口さんとアイスサンド
二箱のフルーツアイスキャンディーと、ついでにボクはバニラアイスとビスケットを購入して、家につく。
急いで冷凍庫に入れないと、自転車で急いで帰ってきたけど絶対溶けてる。
樋口さん、なんか怖かったな。ある意味初めて感じた恐怖。短い期間にいろんな樋口さんを知れた気がする。
冷凍庫にフルーツアイスキャンディーが入っていることを、父さんに伝えて、ボクは再び外に出た。
隣の樋口家はもう買い物から帰ってきて、車もある。
そして、庭を見た。やわらかい人工の芝生、家を日陰にして長椅子に座っている樋口さん。かき氷を食べている。
マンゴーかレモンか、黄色いシロップをかけて、しゃりしゃりとスプーンで掬う。やっぱり食べたかったのかな。
「樋口さん」
ボクが道から声をかけると、樋口さんはスプーンを握る手を止めて、ボクを漆黒の瞳に映す。
切りっぱなし黒髪ボブヘアのサイドを耳にかけている樋口さんは、一〇秒ほどボクを見続ける。
その間、日陰とはいえ、かき氷は容赦なく溶けていく。
「え、えと、入ってもいい?」
樋口さんは頷いてくれた。
ボクは小さな門から庭に入り、いつものようにと意識して、樋口さんの隣に座る。
「かき氷、一緒に食べたらよかったのに、どうしたの?」
「……いえ、仲良しはいいことですが」
樋口さんは途中で言葉を止めて、スプーンでかき氷を掬うと、ボクの口に押し付けてきた。
食べろ、漆黒の瞳と固い表情筋から無言の圧力を感じて、ボクは恐る恐る口を開ける。
べちゃっとした溶けたかき氷がボクの舌に入り、冷えて心地いい。マンゴーっぽい味がした。
これはこれで、あーん、的な? 嬉しいような、恥ずかしいような。
「あ、ありがとう。樋口さん」
「日向さんは、とても笑顔が素敵です」
「う、うん」
樋口さんの意見に頷くと、またほぼ水のかき氷を強引にボクの口へ。
「背が高くて、スタイルよくて、大人みたいで素敵です」
「どっちかというと、樋口さんの方が大人っぽいかも」
確かに背はあるけど、それでも日向さんは可愛い系。
「……そうですか」
ボクの口に入れたスプーンで、今度は樋口さんが掬って食べる。あわ、いけないことをしてるみたいで、ドキドキする。
「き、きー、きれ、いと思います」
「切れ味が鋭い、と?」
なんでそのワードが出てきたの。
ボクは慌てて否定して、
「綺麗、キレイって言ったの!」
はっきりと伝えた。もう熱い、顔どころか全身汗だく。
樋口さんは硬い表情筋のまま漆黒の瞳を大きくさせて、ボクを真っ直ぐ見つめてくる。それも相まって恥ずかしさが増幅。
「あつい……ですね」
樋口さんの静かな口調に、ボクは大きく頷いた。
なんか今日の樋口さんはいつにも増して変かも。夏の暑さにちょっとのぼせてるのかな。
ボクもこのままだと、倒れてしまいそう。
「そ、そだ、樋口さん! アイスサンド食べない?」
つまり家に来て、という話。
「……はい」
ボクは涼しい家に戻ってきたのに、まだ身体の熱さが抜けない。
キッチンの冷凍庫からバニラアイスを取り出した。
「簡単なんだ、ビスケットでバニラアイスを挟むだけ。少し置いてビスケットを柔らかくしても美味しいし、このままでも美味しい」
バニラアイスをスプーンで掬い、ビスケットに乗せてもう一枚ビスケットで挟む。
樋口さんは、いただきます、と呟いて小さな口に運ぶ。
サクッと音が聴こえる。それだけで美味しそう。
ボクは少し置いて、しっとりするのを待ってから食べる。
「美味しいです……とても」
天井を見上げて、樋口さんは静かに感想をくれた。
「うん、喜んでもらえて良かった」
自然と笑顔になるボクを、樋口さんは漆黒の瞳に映す。
「私は……少しだけ、良くない感情を持っていたようです。トラさんと日向さんに」
「え、えーと良くない感情って?」
「分かりません。ただ、胸の奥に異物が出てきたような、感じでしょうか。すみません」
ボクに小さく会釈する。
「別に何も悪くないよ、樋口さん。どうしたの?」
「いえ、なんでも、ありません。アイスサンド……美味しいです」
樋口さん自身もよく分からない感情のようだ。
ボクはビスケットの隙間から漏れる溶けたバニラアイスに気を付けながら、口に運んだ。
お昼から、ふんわりかき氷と、溶けたかき氷と、アイスサンド、お腹冷えるかも。




