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第15話 樋口さんとふんわりかき氷

「好きです、ボクと付き合ってください……って」

 鏡に向かってボクは呟いた。誰かに見られたらしばらく外に出られないほどの恥ずかしさに、顔が熱くなる。

「い、言えたらいいなぁ」

 ぼそっと、さらに呟いてみた。

 夏祭りオッケーしてくれたってことは、脈あり? ボクと、行きたいって言ってくれた。真っ暗闇で小さいピンホール式のプラネタリウムから投影された光しかなくて見えなかったけど、多分笑ってた、かな。

「おーい、暇なら誰か父さんにアイス買ってきてくれー」

 仕事部屋から聞こえてきた父さんの声は二階にまで響く。

 姉さんも聞こえているはずなのに、部屋から出てくる気配はなく、これはつまり、ボクが行かないといけない。

「はーい!」

 ボクは部屋から出て、一階の仕事部屋へ。

 熊みたいな体格の父さんは、ボクを見下ろしてにっこり、財布からお金を取り出した。

「おし、これでフルーツのアイスキャンディー、二箱な」

 そう言って、父さんは二箱分以上の紙幣をボクに渡す。

「十分足りるよ?」

「まぁまぁ受け取れ、お小遣いだ。プラネタリウム、綺麗だったろ?」

「えぅ!? う、うん……すごく綺麗だった。ありがとう」

 顔が熱くなって俯くボクと反対に、父さんの笑顔は最高潮で、アイスよろしくと言って、仕事に戻る。

 ボクは正午の一番暑い時間帯に、自転車を道路に出して、跨る。その動作だけで汗が滲む。

 習慣のように樋口家の庭に顔を向けたけど、いない。

 今日は変なことをしてないようだ。寂しく落ちる気分と、どこか安心してしまう気持ち。

 気を取り直して、ジリジリと灼けるような道路を自転車で進む。

 いつものスーパーの隣にはテナントがあり、夏季限定という旗が掲げてあるけど、風がないせいで文字が歪んで見えた。

 かき氷の看板、ふんわりかき氷を特に押している。

 そこまで都会でも田舎でもない、中途半端な町で、学生や大人が数人ほど並んでいた。

 扉と一部だけ壁がないオープンなお店だけど奥にはエアコンと扇風機がついている模様。

 ボクは駐輪場に自転車を置いて、歩きながら少し眺めていると、最後尾に足が立ち止まってしまう。首が上に動く。

 猫背気味に、必死に身体を縮めようとしている彼女は、長い茶髪を二つ結びにしている。

「日向さん?」

「え、あっ、えと……虎君。こんにちは」

 柔らかい笑顔を浮かべて挨拶をしてくれたのは日向さんだった。露出控えめな服装で、どこか大人っぽく映る。

「学校以外で会うの初めてだね」

「は、はい……今日はお父さんに頼まれたものを買いに」

「かき氷を、持ち帰るの?」

 日向さんは眉を下げて微笑み、首を横に振った。

「その、つい……気になっちゃって、初めてだから、こういうかき氷食べるの」

「そうなんだ。ボクも一緒にいい?」

 父さんは別に急いでなかったし、せっかくだからボクも食べようかな。別クラスだからか、日向さんと喋る機会がない。引っ越してきた者同士、色々話してみよう。樋口さんのことも。

 日向さんは目を丸くして、戸惑い気味。

「逆に、い、いいんですか?」

「うん」

 それから約一五分ぐらい並んで、ようやくテーブル席に座ることができた。奥の方で、冷房が当たって涼しい。

 座ると、ちょうど背が同じくらいになる。

 日向さんはいちごミルク味のかき氷、ボクはマンゴー味。

 透明な器に溢れる綿菓子のようにふんわりとした、本当に氷なのか分からないぐらい細かい繊維状に染み込むシロップと少しだけ乗せられたマンゴー。日向さんはイチゴが乗っている。

 長い柄のスプーンで掬って食べて、口腔内はひんやり涼しくなった。

 日向さんは甘い物を食べて、太陽みたいに柔らかい笑みを浮かべている。つられてボクの口角も上がっていく。

 かき氷を食べている間、日向さんのスマホからメッセージを知らせる着信音が鳴る。日向さんは遠慮してスマホを取らないけど、そわそわと落ち着かない。

「気にしないから、大丈夫だよ?」

「え、あ……ごめんなさい。多分お母さんから、かな」

「そうなんだ。よくやり取りしてるの?」

 ボクは母さんと電話やメールのやり取りをしたことないなぁ。そのせいか、出張とかで帰ってきたらなんて喋ればいいのか分からなくて、ぎこちなくなる。

 日向さんは控えめに頷く。

「う、うん、離れて暮らしてるから」

「そっか寂しいよね。ボクの母さんも出張とかでほとんど家にいなくて、滅多に会えないんだ」

「……近くにいるのに、寂しいね」

 目を細める日向さんの瞳は寂しく、声もどこか空しさを感じてしまう。

 日向さんは色んな表情がある。女の子って感じで、可愛いと思える。樋口さんは、日向さんと喋ってる時、笑ったりするのかな。

「こんにちは…………トラさん、日向さん」

 樋口さんのことを訊こうか、口を開けて迷っていたら、頭の上辺りから淡々とした声が聞こえてきた。

 いつもの淡々とした中に、冷たさが加えられたような、ボクの背中はゾッと寒くなる。

 見上げると、切りっぱなし黒髪ボブヘアのサイドを耳にかけ、無表情でボクと日向さんを見る樋口さんがいた。

「こ、こんにちは、樋口、さん」

 ボクはぎこちなく挨拶を返す。

「こんにちは。樋口さんもかき氷を食べに来たんですか?」

「いえ……お母さんと買い物に来ました。偶然見かけましたので」

 偶然、テーブル席では一番奥なんだけど、樋口さんって視力いい? 日向さんは嬉しそうに微笑み、

「樋口さんも一緒に食べませんか? お母さんも一緒に」

 樋口さん親子を誘う。

「いえ、急いでいるので…………ごゆっくり」

 無表情で、硬い表情筋で、何一つ感情が読み取れないのに、怖い。樋口さんはボクを漆黒の瞳に一〇秒ほど映した後、ゆっくりお店から離れていく。

 日向さんは首を傾げて、立ち去る樋口さんに手を振る。

 あれ、なんで、かき氷を食べなくても全身が寒い……――。

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