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第14話 樋口さんとプラネタリウム

「二階堂君……どうしよう」

 ボクはスマホを耳に当てて、二階堂君に相談の真っ最中。

『一体何がどうしようなの?』

 女子かと思ってしまうほど中性的な声に、ボクは毎回最初の声で、間違えたかと焦ってしまう。

 冷えた自室で、イスに座って、何もないクリーム色の天井を見上げる。

「実はボク、気付いたんだ、自分の気持ちに」

『えーと、悪いけど俺、男は恋愛対象じゃないんだよね』

「ち、違うよ!」

 二階堂君は電話越しでもボクを遊ぶ。細目でサモエドスマイルのような表情が思い浮かぶ。

『じょーだん、なに、樋口のこと好きだってこと? 今更?』

「う、うん……い、今更ってなに?! と、とにかく意識したら会いづらくなってきて、どうしたらいいかなぁ」

 ボクは天井から机に首を動かした。

『はぁーそういうのはちょっと分からないんだ。とりあえず樋口を夏祭りに誘ってさ、告白してみたら?』

「え、えぇ?! いきなり、そんな……断られるかも、しかも告白なんて」

『そんな深く考えなくてもいいって、じゃ、頑張って。二学期までに関係が変わってなかったら、俺が抱きしめてあげよう』

 いらない。ボクの返事など興味なさそうに通話が切れてしまう。

 ううん、どうしよう。あと相談できる相手といえば、日向さん? でも女子に相談するってなんだかなぁ。

「お茶、飲もうかな」

 ボクはスマホをポケットに入れて、部屋から一階のキッチンへ。

「あーうーん」

 動物みたいな唸り声が聞こえてきた。

 熊みたいな体格をした父さんがキッチンで、黒い塊みたいなのを眺めている。五角形の面がいくつもある丸い小さい何か。

「父さん、何してるの?」

「あぁーちょうどよかった。母さんと一緒に見ようかと思って買って組み立てたプラネタリウムなんだけど、また出張でいないから機会がねぇんだ……隣の子と一緒にどうだ? 試したけどなかなか綺麗だぞ」

 ロマンチックなことを考える父さんの提案に、顔が熱くなってしまう。

「えっ?! いや、樋口さんは、そ、そういうのじゃないし」

 父さんは、悪戯にニヤリと笑う。

「なぁに照れてんだ。ほら、俺がせっかく組み立てたんだから使ってくれ。母さんは仕事で忙しいしよ、多分一緒に見るなんてなさそうだし」

 組み立てた小さいプラネタリウムをボクに渡す父さんは、少し寂しそうに眉を下げていく。

「……う、うん」

 でも、どうやって誘えばいいんだろう。一緒に星を見ようなんて言ったら、そう考えるだけで全身から湯気が出そうなくらい熱くなる。

 樋口さんの無表情につたう汗と、一瞬だけ崩れた涼む表情がボクの胸を締め付けてきた。

「父さんは、母さんに告白とか、したの?」

 父さんは目を丸くして、ボクを見下ろす。腕を組んで、唸りながら考えている。

「おう、俺から告った。そんで、五回フラれた」

「え」

「六回目でやっと付き合えてさ、大学の時に。心臓爆発するぐらい嬉しかったなぁ、でも俺の場合は美女と野獣だからさ……悪い、あんまり参考になんねぇな。まぁあれだ好きだと思ったら告れ、臆病背負ってると終わりだぞ」

 ボクに優しく笑う父さんは、髪を掻いて早足で部屋へと戻ってしまう。

 ボクって臆病、背負ってるのかな。

 プラネタリウムを胸に抱えて、ボクは家を出た。すぐ隣の樋口家に足を動かして、日課のように庭へと顔を向けると、そこに樋口さんがいた。

 胸が締め付けられて、痛くなる、ような光景じゃない。

 ホースを空に向けて、放水している樋口さんは、シャツと短パン、サンダルで、当然のように降る水を浴びていた。

 切りっぱなし黒髪ボブヘアも濡れ、無表情の横顔にも水が滴っていく。

「な、何やってるの?!」

 樋口さんはボクに気付いて、ホースを下にして蛇口の栓を捻りに行く。そのあと、べしゃ濡れのままボクにお辞儀をする。

 つられてボクもお辞儀。

「こんにちは、トラさん。暑かったので水浴びをしていました」

「いやいや、他に涼む方法あるよ! いくらなんでも風邪を……」

 ボクは樋口さんに注意しながら、小さな門を開けて庭に入る。濡れたシャツが樋口さんの皮膚に密着して、下着のラインが、ボクの視界に映ってしまう。

 思わず目を逸らして、プラネタリウムを抱える手に力が入る。

「とりあえず、服、着替えた方がいいと、思います」

 声が裏返った。

「分かりました。トラさん、それは一体なんですか?」

 分かってくれたのに、プラネタリウムに興味を惹かれたみたいで、ボクは極力顔を逸らしながら話す。

「プラネタリウム、です。一緒に、見ようかなーって、気持ち涼しくなるかも?」

 樋口さんは何も言わずにボクの手と顔を交互に眺め続けてくる。もう色んな意味でアツい。

「小学生のときに、見たことがあります。家族で、行きました」

 あ、断られるかも。身体が沈んでいく気がする。

「や、やっぱりなしで! ごめんね、面白くないかも」

 そうなる前に帰ろうと思った時、濡れた指先がボクのシャツの裾を掴んだ。

「……見ます。一緒に」

 樋口さんの家に入ったのは二度目。お寿司を握ってもらった時以来で、ボクだけが入るのは初めてだ。

 ボクはリビングで待機し、樋口さんは部屋で着替えている。

 ご両親の趣味か、木目調の家具が揃えられて、温かい雰囲気が漂う。

「お待たせしました」

 樋口さんの声に、ボクは身体を震わす。樋口さんは急ぐようにカーテンで窓から差し込む光を遮って、照明も消して、真っ暗な世界にする。

 まだプラネタリウムの電気を点けてないのに。

 ボクはスマホのライトをつけて、スイッチを探した。指先で確認しながら点灯させ、壁や天井一面に星のような無数の光が映し出された。

 どんな星座かよく分かってないけど、夜の空を見上げたってこんなに輝いていない。

 言葉がうまく出ないくらい、綺麗な星。投影している小さなプラネタリウムの面も電球の光に照らされて、小さな宇宙を創り出している。

 隣に、樋口さんがいるはずだけど真っ暗で、投影された星以外何も見えない。

「一緒に、見ました。星を」

 樋口さんはボクにそう零す。

 表情さえ分からない、今、どんな顔をしているのか、とにかく樋口さんの声がする隣に顔を向けた。

「……うん。どう、かな」

 不安と期待に高鳴る心臓。

「少し、二階堂さんが言っていた違う楽しさとは別の何かを得た気がします」

 樋口さんの静かな感想に、ボクの胸は期待に傾く。

「そっか、あの、樋口さん、八月に夏祭りがあるんだけど、一緒に、い、行ってみませんか?」

 途中から敬語になってしまった。

 一瞬だけ漏れた吐息が耳に入り、もしかして……樋口さん笑った? 真っ暗で星以外確認できない。

「はい、トラさんと、行きたいです」

「え、いいの?!」

 情けない感じに聞き返してしまう。

「はい」

 淡々とした返事、無表情の樋口さんしか頭に出てこない。それでも嬉しさと安心感が湧き出る。

 今、電気なんか点けられたらドン引きされるかも。

「あの、トラさん……お手洗いに行ってきます」

「う、うん。その間に片付けるよ」

 樋口さんは電気も点けずに、リビングから出ていく足音と扉を開ける音が静かに響く。

 ボクは自分の顔に手を当てた。あっつい、火傷してるんじゃないかってぐらい熱い。ヤバい、どうしよう、怖くなってきた……――

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