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第13話 樋口さんとタピオカミルクティー

 ボクがこの町に引っ越してきたのは数カ月前、母さんの仕事の都合で中学卒業と共に引っ越した。



 初めての引っ越しで、友達が誰ひとりいない知らない町。

 姉さんは近くに服や小物系の店があると喜んで、引っ越し早々遊びに行っている。大学の準備は大丈夫なのかな。

 母さんは引っ越し先の新居に来ることなく出張中。

 ボクだけが不安で、なんだか取り残されているような気分だった。

 喉が渇いて、ボクはキッチンの冷蔵庫からお茶を取り出す。

 グラスをテーブルに置くと、そこにはホワイトデーが特集されている雑誌が並ぶ。

 多分母さんなんだろう。どうせまた出張や仕事先で同性の人にたくさん貰ったんだ。いいな、ボク一度も貰ったことないのに。

 律儀に返す、らしい母さんに肩をすくめて、なんとなく雑誌を手に取った。

 お菓子作り、ホワイトチョコやクッキー、ケーキの紹介やレシピが掲載されている。

 家庭で作れるスコーン、クッキー、ベイクドチーズケーキ。

 材料もスーパーで手に入るものばかり。意外と簡単そう、作ってみようかな。

 母さん、甘い物好きみたいだし……。

 家に響いたインターホンの高い突き抜けるような音に、ボクはぶるっと身体を震わせて雑誌から手を離した。

 父さんは引っ越しの挨拶に出かけていていない。

 嫌だな、変な人だったらどうしよう、ボク人付き合い苦手だし、うまく喋れる気がしない。居留守でも使おうかな。

 それでも何回か、音は鳴る。

 ボクは一呼吸おいて、玄関に向かう。

 扉を開けて、外を覗くと……鼻メガネをかけた不審者がいた。

 頭にはキラキラと反射するパーティー帽子をかぶって、手にはコンビニの袋。ただただ怖い。

「こんにちは、初めまして」

 どうやら女の子、ボクと年齢は一緒ぐらい?

 黒髪の短くなく、長くもないボブヘアで、顔は鼻メガネのせいでよく分からない。小柄な感じだけど、ボクがちょっと見下ろす程度。

 扉を閉めたい気持ちが強くなる。ど、どうしよう。

「は、初めまして……」

 引き攣ってしまう声。なんて言って追い払えばいいのか分からない。

 彼女はお辞儀をして、隣の住人だと自己紹介をしてくれた。

 樋口と名乗った彼女は淡々と、

「引っ越してきて寂しいことでしょう、お近づきの印としてどうぞ、歓迎します」

 コンビニの袋から、なにかを取り出す。

 よく見かけるラベルにタピオカミルクティーと英語表記で書かれている。

「あ、ありがとう、ございます」

 ボクは恐る恐る受け取ると、手が冷たくなった。

 樋口さんは自分の分も購入しているようで、袋にはもう一個、いやあと二個ぐらい入っているみたい。

「あれ、樋口、よその家で何してるの?」

 通行人が樋口さんを呼んだ。また女の子? ボクは声がした方に顔を向けた。

 女の子じゃない、背の高い男子で、細目で表情は笑っている。

「二階堂さん、こんにちは。引っ越しの歓迎会です」

「あはは、歓迎会? 玄関で? 相変わらずおもしろいね」

 ついでにと鼻メガネにも笑う二階堂さん。

「面白いこと、楽しいこと、大歓迎です。二階堂さんもどうぞ」

 コンビニの袋からまた同じタピオカを取り出し、二階堂さんに渡す。

 二階堂さんは軽く自己紹介をして、ボクも名前を言う。

 聞けば2人とも同じ高校で、同じ1年生になる。

「変わった苗字だね、トラねぇ……まぁいいやトラって呼びやすいか。同じクラスだといいね。樋口は変わり者だから、驚くよー」

 既にボクは色んな意味で驚いている。

「は、はぁ」

「樋口、外でさすがに鼻メガネはないよ、取りな」

 二階堂さんに鼻メガネをそっと取られ、ようやく樋口さんの素顔が現れた。

 ボクは一瞬、声が出なくなる。

 整った顔立ち、小顔で薄桃色の唇、漆黒の瞳は油断すれば飲み込まれそう。

 存在感を放つような、無表情で、笑顔も怒りも感じられない。

「あれ、一目惚れ?」

「え、えぁいや、ち、違う。お、驚いただけ」

 二階堂さんは細い目を少し開けて、睨むようにボクを映す。その眼差しが背中をぶるっと震わす。

 樋口さんは、無表情でボクを見つめ、お辞儀。

「これからよろしくお願いします。トラさん、友達になりましょう。そして、乾杯しましょう」

「は、はぃ」

 樋口さんはタピオカを手に取る。

「タピオカで歓迎とか、意味わかんないなぁ」

「初めて見たので、買いました」

 ボクは玄関で、太いストローを差した。もちもちとした食感と冷えたミルクティーが入ってくる。

「せっかくだし、このまま一緒に町案内してあげよっか? トラも樋口も今することないでしょ」

「分かりました」

「え、えと、でも」

 いいから、と二人に引っ張られていく……――。



 空っぽのカップを眺め、ボクは真夏の今を部屋で過ごしている。エアコンの冷房を効かせて、涼みながら思い出に浸る。

 自然と上がる口角、そして、芽生えた想いに戸惑いながら、着ているシャツをくしゃっと握りしめた。

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