5 別れ
久狼とククリはその日いつも通りご飯を食べて、寝床についた。
しばらくしてククリは目が覚めた。
「ハァ・・・・ハァ・・・・」
ククリは何かの痛みを必死に抑えていた。
そのククリの背中を誰かが優しくさすった。
もちろん久狼である!
「ククリ・・・外出ようぜ・・・星が綺麗だ」
ククリは久狼と一緒に外に出た。寒い中、澄んだ夜空に綺麗な星が無数に輝いていた。
「風来の奴・・・・こんな夜中に仕事やってやがる・・・・働き方考えようぜ」
遠くにある作業場が明るかった。耳を澄ませば鎚を叩く音が聞こえていた。
久狼とククリは家の壁に座って作業場を眺めた。
「きれい、まるで炎が生きてるみたい・・・・」
「風来は最高の刀匠だ。だが、風来が言ってた。昔、都の一人の貴族から、人殺しの道具を作る野蛮人って言われたんだってよ」
「それでも、この炎はきれいじゃ・・・・」
二人にはこの夜に風来が起こす炎が綺麗に見えた。あの中で刀匠として長い人生を歩んできた風来が一心不乱に作刀に打ち込んでいる。
「父は武士としてとても強い。わらわもそんな強さが欲しくて、父から武芸と馬術を教わり武士になった・・・・」
「ククリは何故強くなりたい?」
「・・・・小さい頃じゃ、母譲りのこの白髪で、わらわが村でいじめられておったとき、いつもコガネが助けてくれた」
ククリは付き合って1年、久狼に自分の過去を話し始めた。
「そんなコガネが死の病にかかって皆、諦めていた夜の日じゃった。夢の中で・・・・わらわは真っ白な場所に立っておった。
わらわの先にはコガネが立っていて・・・・その先に・・・今まで色々な理由で亡くなった村の仲間達が立っておった」
「真っ白な場所?」
ククリの話す内容に、久狼は自分も同じ夢を見たことを思い出した。
「わらわは今まで近くで誰かが亡くなるとき、その夢を何回も見てきたし、見なくてもさっきのように、心に痛みが走ることがある・・・・」
「・・・・もしかして俺が松吉達を倒した後にククリが震えていたのは?」
久狼がずっと考えていたあの時の疑問にククリは無言で頷いた。
「ごめん」
「大丈夫じゃ久狼はわらわを守ってくれたのじゃ」
「・・・・つらいよな。好きな奴が向こうに行くのを黙って見てるってのは」
久狼も夢の中で白い場所で亡くなった父親に会ったせいか、今ククリと同じ気持ちになった。
「うん・・・・一番仲良く遊んでいたおみちちゃんが亡くなったときも、その夢を見てしまった。向こうへ歩いて行くおみちちゃんをずっと見ていた。止められない涙を止めようと必死じゃった」
「思い切って走って、こっち側へ連れて帰ったら良かったんだよ!」
久狼が落ち込むククリを明るくしようとそう言った。
「向こうの方に・・・・おみちちゃんが大好きだった男の子がおったのじゃ。おみちちゃんはその男の子に会えたのじゃ。そう思ったらわらわは向こうの世界へ行くおみちちゃんを見送った・・・・けど・・・・コガネの時は別じゃった」
「助けたのか?」
「・・・・うん」
ククリは、どこか寂しげに頷いた。
「向こうへ歩いて行くコガネを、わらわは走ってコガネの腕を掴んだ。次の日、コガネの病は完治しておった。わらわはコガネが死ぬのが耐えられなかった・・・・コガネだけは特別扱いしてしもうた」
何かククリは人を選んで助けたことに申し訳なさそうにうなだれた。
「もし・・・・俺もククリと同じだったら・・・・同じ事をしたと思う」
久狼は頭をかきながら顔を赤くして言った。
「・・・・・・・・ありがとう」
ククリは笑みを浮かべながら言った。
* * *
その夜深い森の中に腹を空かした一匹の熊がうろついていた。五尺(150センチ)の若い熊が鋭い爪と鋭い牙を口の中に隠して闇の中をうろついていた。
突然熊がある方向を向くと立ち止まった。
その先に骸の死者が立っていた。右手には血がついた刀を持っていた。熊は警戒した。死者は刀を地面に突き刺した。そして死者が熊に突進し熊の首をつかむと片手で熊を持ち上げ熊を仰向けに地面に叩きつけた。
死者が熊を仕留めようとしている。熊は必死に抵抗した。だが熊の反撃むなしく、熊は首をどんどん締め付けられ、骸の死者の餌となった。
* * *
周りがうっすらと明るくなっていた。久狼は起きて、あくびをしながら横を見ると白鬼はまだ寝ていた。
久狼は蕨手刀を持って静かに外に出た。外に出ると作業場の側にある丸太のところで風来が右手に何かを持って眠たそうに座っていた。
「おぅ、起きたかぁ。ワシは寝るぞ・・・・」
徹夜疲れの風来が疲れた声で久狼にしゃべった。森の中では鳥のさえずりが聞こえ、郷に優しい光が差していた。
「そいつは、武士の武器じゃねぇか・・・・」
風来が持っていたのは太刀だった。その太刀は見事な輝きを放っていた。風来は立ち上がると、作業場においてあった3本の太刀を束にして地面に刺した。
「すぅ・・・・ふんっ!」
風来は一呼吸、その太刀で3本の太刀を見事真っ二つにした。
「やっぱりすげぇ!その腕で大きな蕨手刀も作ってくれ!奴の刀と張り合うためにも!」
久狼は蕨手刀を抜いて、1尺(30センチ)ほどの長さの刃を見つめながら風来にお願いした。
「久狼、武士にならねぇか?」
「・・・・何言ってんだ?」
風来の予期せぬ言葉に久狼は戸惑った。
「ワシも・・・エミシだぁ~。我らの魂をずっと守りてぇ。だからこそ40年前、諦めかけていた、あの時代の仲間に出会えたのがうれしかった。
その仲間も11年前、奴が向こうの世界へ連れて行きやがった。残ったおめぇは、今もう一人の大切な一加の娘と一緒だぁ。
この太刀は、ある人から貰った最高の鉄から作った。天狼星と名付けた・・・・蕨手刀から受け継いだエミシの魂がある。
これで奴を倒して、武士として生きんか?ククリと一緒に・・・・おめぇ達の未来へ」
「・・・・・・・・・俺は・・・・・・エミシだ」
風来は久狼のその一言を聞いて、それ以上は言わなかった。やがてククリも起きだした。二人は食事を済ますと出発の準備をした。
「ククリ・・・・元気でね・・・・」
「キリさん・・・・ありがとう・・・・」
二人は風来、キリに別れを告げ岩手郡を目指した。久狼はククリが作ってくれた刺繍が入った直垂を着て、自分の横について馬を操るククリを見た。ククリは気持ちよさそうに空を眺めていたが突然、互いの目が合った。
「俺は好きだぞー、その白い髪!」
思わず久狼はそんなことを口にしてしまった。
「・・・・何じゃ?」
「いや・・・何じゃって・・・・何だよ?」
* * *
「なぁ、ククリ・・・・俺、森の中で待ってるわ・・・・」
コガネが居る郷まであと少しという時、突然、ククリは馬を止めるとそう言って来た道を引き返した。ここから先は久狼はとても一緒に行けなかった。ククリもうなずいた。
ククリは純粋無垢のような雪で真っ白になった森の中を独りで郷へと向かっていった。 ククリは清衡の頼みでこの地にやってきて清衡の娘となり、都に連れて行かれて会ったことのない帝の妃となる。
なんじゃろう・・・・何故、嫌な気持ちが出てくるのじゃ?
その不安故か無性に会いたい人に会いたくなった。だが、その思いが段々と鈍っているのを感じていた。
「!?」
あと少しで村が見えるかという時、突然ククリは馬から下りると馬と一緒に大木の影に隠れた。久狼とククリが進んできた別の道から、一人の男が馬の手綱を引っ張って現れた。
ククリは20間(36メートル)ほどの距離で男の顔を見た。3年前、馬を育てたいと加賀国から先祖の故郷であるこの地に移ったコガネだ!
コガネはククリに気付かず郷へと続く道を歩いて姿を消した。
* * *
久狼の所に戻ったククリは自分に背中を見せている久狼を見つめていた。久狼は弓を空高く上げて、飛んでいる鳥を射る動作を行っていた。
この地へ来て社の中で出会った久狼。10年前に骸の死者に仲間を殺され、以来ずっと独りで生きてきた久狼が自分の側にずっと居た。
・・・・そうか、コガネではなく、そなただったのか・・・・
「済んだか?」
矢を射る動作を止めた久狼が振り向いた。
「・・・・・・・・・バカ・・・・・・・・・」
「何!?バカ!?えっえっえっえっ、う~~~~~~~~~~」
訳が分からぬまま久狼はしぶしぶ馬に乗り、出発しようとした。
「清衡に、風来とキリもククリと一緒に都について行ってもらえるよう頼んでみようか?」
「えっ!?」
「キリが側に居れば大丈夫だろう・・・・独りにならないように」
動こうとしたとき、久狼の言った言葉にククリは少し驚いた。やっぱり久狼はククリが心配でずっとそんなことを考えていた。
「・・・・一つ久狼にお願いがある」
「何だ?」
「側に居て欲しい・・・・都に行くまで、わらわの側に・・・・居てくれぬか?」
* * *
「豊田館だ・・・・」
「・・・・・・・・うん」
二人は江刺郡の平野へと到着した。里の真ん中に館がある。藤原 経清(ふじわら の つねきよ)が居館として築き、今は息子の清衡が住んでいる。
「・・・・・・行こうか」
「・・・・・・・・うん」
入り口がいくつかあり、とりあえず目の前の門前で櫓の上にいる郎党に名前を告げると義家が出迎え、久狼は再び義家と対面した。
「あんたらが探していたククリを連れてきたぞ」
「風来殿の知らせで其れがしもこの館でずっと待っておった。久狼・・・お主が見つけたのか?」
「義家様・・・・」
張り詰めた空気に久狼の後ろにいたククリが心配になって進み出て口を開いた。
「わらわは久狼に守られて、ここまで来ました・・・・」
「そうであったか・・・久狼殿・・・大義である!案内いたそう、清衡も待っている」
二人は門をくぐり、目の前に穀倉がいくつかあり、その奥には清衡の父親であった経清の館があった。
二人は経清館を横目にしながら、工房がある場所を抜けて、北郭を抜けて、ようやく清衡がいる母屋へとたどり着いた。
「一番遠い門、選んじゃったみたい・・・」
「そうじゃの・・・・」
門を選び間違えたせいで二人は少し疲れてしまった。
「ククリ殿、探しましたぞ!」
知らせを聞いた清衡が待ちかねたように母屋で待っていた。清衡のすぐ側に見たところ50前後の女性が座っていた。
「有加 一乃末陪・・・清衡の母です」
側に居た女性は清衡の母だった。安倍頼時(あべ の よりとき)の娘として生まれ藤原 経清(ふじわら の つねきよ)の妻となり清衡を産み、夫が殺された後、清原 武則(きよはら の たけのり)の妻となり家衡を産んだ。
二人の息子は今、戦になろうかというくらい仲が悪くなっていた。
「一加一乃末陪の娘・・・ククリです」
ククリも笑顔の中に不安を息子達の将来を憂う有加に名を名乗った。
「清衡様、今よりわたくしは・・・・あなた様の娘になります」
ククリは今ハッキリと言った。
「ありがたい、ありがたい!!!一加殿の娘が養女として来てくれた!帝は必ずやククリ殿を幸せにして、我らエミシの平和を保障してくれるであろう!そうすれば、家衡も私に抗うことをやめるであろう。母上、これで二人の息子は争うことはありません!
すぐにククリ殿を帝へ入内させたい所だが・・・焦ってはならぬ、ククリ殿にしっかりと都のしきたりを覚えてもらって・・・・」
清衡は涙を流すほどの感激し興奮をさらけ出して歓喜の中いた。
ダンッ!
突然、ククリの側にいた久狼が床を踏みつけるように立ち上がった。喜びに包まれていた清衡が黙りこくってしまった。
怯える清衡に久狼は近づき、座って自分を見上げる清衡を見下ろした。
「くっ久狼殿、かたじけない!もちろん久狼殿にもお礼は考えています。わたくしとそなたは同じエミシ!共にこの奥州の平和を・・・」
「俺はククリを守るためにここにいるが、てめぇの犬にはならねぇ!てめぇの未来で俺は生きない!!!」
久狼は怒鳴った。周りの郎党達が久狼を押さえ込もうとしたが、義家が郎党達を止めた。
「てめぇは清原の名を捨てて藤原を名乗り、この江刺郡を離れて衣川を越えて平泉に都を作る!てめぇは大和の奴らと一緒にエミシの魂を消そうとしている!」
清衡のさっきまでの喜びは完全に消えた。古の模様が描かれた着物を着た自分よりも半分くらいの若者が古の刀を持って自分に怒っている。
先祖が・・・・わたくしに叫んでいる・・・・
清衡はそう思ってしまった。
「帝は・・・・てめぇは・・・・ククリを大切にするのか?」
腰が抜けて立てない清衡の顔をのぞくように久狼が自分の顔を近づけた。
「もっ、もちろんです・・・・」
* * *
それから、ククリの帝へ嫁ぐための花嫁修業が始まった。十二単なる色鮮やかな着物を何枚も着せられ、おまけに膝行とか言って室内を膝で歩かされた。
「綺麗なのは良いが・・・・重い・・・・膝が痛い・・・・」
「ハッハッハッ・・・・」
その姿を見た久狼は笑った。
「何じゃ!」
ククリは顔を赤くして怒った。
そして白粉で顔を真っ白く、眉を剃って貴族の女性がしている麻呂眉と歯も貴族がしているお歯黒にさせられようとした。
「あの・・・・誠に申し訳ありませぬが、それはまだ許していただけないでしょうか?正直、慣れぬ事ばかりで困惑しておりまして・・・・」
これは何とか今のところ阻止できた。
久狼はどうしているか?館でククリを守っている。
だが、館の人間は久狼が何だか怖く、近づきにくかった。
郎党達も久狼の無礼な態度に腹が立っていたが、久狼の武の腕は3人がかりで掛かっても勝てそうに無いほどの実力でおまけにお館様である清衡と、陸奥守である義家の二人が、何故か久狼を買っていたので手が出せなかった。
だが、そんな久狼にもこの館でククリ以外にも二人の者と親しくなった。
「ねぇ、久狼!肩車!」
一人は清衡の3女の末っ子のヤエだった。9歳の子供は、赤髪に興味を持ったせいか久狼に懐いてしまった。
「・・・・まぁ、ちょこっとだけ・・・・」
久狼も小さな女の子には逆らえず、結局仲良くなってしまった。
「久狼殿!今日もご指南を!」
二人目は清衡2男の末っ子、タチだった。年は11歳、最初は久狼にびびっていたが、久狼の武の腕を見て、地面に両手をついて久狼に武の教授をお願いした。
久狼はそれを嫌がること無くあっさり引き受けた。
「久狼殿、是非我が父上と仲良くなって下さい!」
タチは久狼と父親が仲良くなることを望んでいた。子供ながらも長の息子として、この地の将来の事を考えていた。
「父上は今まで大変な苦労をして、この地に住む人々のために毎日努力しております。久狼殿、どうか父上をお助け下さい!」
「・・・・お前のアヤとは”馬が合わねぇ”・・・・」
* * *
「清衡はもうじき女を帝のもとへ入内させる。あとは清衡が家衡と和解できればあの地にいよいよエミシの国ができる」
奥州から遠く離れた都で関白、藤原 師実(ふじわら の もろざね)が、漆黒の男と話していた。今は昼だというのに、屋敷の中は闇のごとく暗かった。
暗い部屋で落ち込んで何も言えぬ師実を漆黒の男は慰めるように彼の頭をなでていた。
「武士が力をつけ、帝はお前らから離れようとしている。長い時代、権力を手にし、栄華を手にしたお前達・・・・これが俺の最後の言葉だ」
そう言って、漆黒の男は師実から立ち去ろうとした。
「待ってくれ!!!」
師実が驚くように、頭をひれ伏しながら漆黒の男に願った。
「清衡は・・・・認める!だが、それ以外は排除してほしい!」




